若気のいたり

その航海も満船となり、船はグァム島に入港した。
今回はグァム島での水揚げだ。
船が接岸するグァム島のコマーシャルポートは、グァム島の国際港であり外国船籍の入港するため、周囲2km四方を高さが3m近くある鉄製の金網で囲まれており、出入り口は一カ所しか無い。
出入り口にはセキュリティゲートがあり、銃を携えた警官が立っていてコーマシャルポート内への入退場には警官にパスポートを提示しセキリティチェックを受けなければならない。
船が着岸する岸壁からセキュリティゲートまでは、500メートル程離れていた。
グァム島は、相変わらず南国特有の蒸し暑さと油とタイヤの焼けた匂いが漂っていた。
入港してイミグレーション(入国審査)を受け、上陸許可が下りた。
僕はすぐに事務所に行き、電話を借りてジュリアに電話をした。
「入港したよ、すぐに君に伝えたくて電話をした」と僕が言うと「そう。連絡、待ってたよ」と彼女は嬉しそうに言った。
「今夜、どこかで食事でもする?」と彼女。
「うん、そうしよう」と僕。
「2時間後にゲートに迎えに行くわ」
「うん、ありがとう」と言って、電話を切った。
シャワーを浴びて身支度を整え、船から下船して夕暮れの中を歩いてセキュリティゲートに向かった。
ゲートに着きパスポートを提示すると、警備をしている警官が「Are you Japanese?」と聞いてきた。
僕は「Yes」と答えた。
するとその警官は「わたしは、山口県の岩国基地にいました」と言い「ジェフといいます、よろしく」と、とても綺麗な日本語で話し握手を求めてきた。
僕は「日本語上手いですね」と言い、握手をした。
すごく強いグリップだった。

ジュリアを待つ間、彼がグァム島出身のチャモロ系アメリカ人で軍人として岩国基地に駐屯していことや、奥さんは岩国基地駐屯中に知り合った日本人であることなどを話した。
彼と談笑をしていると、白いピックアップトラックがタイヤを鳴らし止まり、車の中からジュリアが出てきた。
車から降りてきたジュリアを見たジェフは「ピュ~」と口笛を鳴らした。

夕暮れの風になびく金色の長い髪をかき上げるジュリアは、息を呑むほど綺麗だった。
釘付けで見つめている僕に「お待たせ!」と声を掛け、僕は「久しぶりだね」と言った。
向かい合った瞬間、ジュリアは両手を繋いできた。
照れ臭かった。
「Let’s go」と言って、僕を引っぱるように歩き車に誘った。
車に乗り込もうとした時、ジェフが僕らに向かって英語で何かを言った。
ジュリアは前を向いたまま、背中越しのジェフに向って微笑みながら左手の中指を立てた。
僕が助手席側に回ろうとすると「日本の男の人って、女に運転させるの!?」と少し怒った感じで僕に言った。
僕は少し恥ずかしくなった。
確かにここは、男が運転すべきところだ。
今も同じかもしれないが、当時のグァム島は日本の運転免許証を持っていれば車を運転することができたし、パスポートと免許証を提示すればレンタカーを借りることもできた。
僕は「俺が運転するよ」と言い、運転席側から車に乗り込んだ。
僕はハンドルを握り、アクセルを踏み街に向かって車を発進させた。
ラジオからはアメリカのヒットチャートが流れていた。
車を運転しながら、不思議な感覚に襲われた。
グァム島と言ってもここはアメリカだし、見慣れない景色が車窓の外には流れていた。
車に乗ってからジュリアは運転する僕の顔をずっと見ていて、僕が「なに?」と聞いても「なんでもないわ」と微笑むだけだった。
窓を開けたまま車を運転していた。
外から入ってくる潮の香りと、カーラジオをから流れてくるROCKが心地よかった。
自然とタバコに手を伸ばし口にくわえた時、くわえたタバコをジュリアは取り上げて「タバコ、嫌いなの」と言った。
「この先に車を停める場所があるから、そこに停めてタバコ吸いなよ」と言ってラジオのチャンネルを変えた。
U2の“With or Without You”が流れてきた。
永遠の名曲と言うべき一曲だ。

少しすると海岸線に面した道路の脇に車を止められるスペースがあった、そこの車を止めた。
エンジンを掛けたまま僕は車を降りた。
目の前にはオレンジ色の夕日に染まった海が広がっていた。
僕は車を降りてタバコを吸おうと思い浜辺の方に向かって歩いた。
背後から「ねえ、何か言うことないの?」と、ジュリアが僕に向かって言った。
振り返ってジュリアを見た。
綺麗だった。
振り向いたまま思わず言葉が口をついて出た「会いたかったよ」
ジュリアは「Me to」と言って、僕に駆け寄り抱きついてきた。
僕は持っているタバコとライターをポケットに仕舞い、ジュリアを抱きしめ口づけをした。


夕暮れの中、時間を忘れ何度もキスをした。
気がつくとすっかり日は沈み、辺りはオレンジ色の街灯に包まれていた。
「いいかげんにしようか?」と笑いながら僕が言うと「そうだね」と言ってジュリアも笑った。

美女とのキスは、ニコチンよりも依存性が高いみたいだ。

バコを吸うことをすっかり忘れていた。
車に乗り込み、街のレストランへ食事に行った。
食事を終えて車に乗り込み、車の中で「どこに行こうか?」と相談した。
僕はジュリアと一緒にいられるのなら場所はどこでもよかった。
僕が「一緒にいられれば、何処でもいいよ」と言うと、「わかったわ。私が運転する」とジュリアは運転席に座った。
ジュリアは車を走らせた。
僕は助手席に座り、黙って窓の外を流れる街の風景を眺めていた。
車は登り坂の夜道を進み、グァム島の夜景を見下ろせる場所に停まった。
ピックアップトラックの荷台にラグマットを敷き、二人で並んで寝ころんで月を眺めた。
僕達の真上には三日月が出ていた。
ジュリアは無理やり僕の左腕を取り腕枕させて「動かないで」と言いながら、僕の腕の中で自分の頭にピッタリ合うポジションを探した。
頭の動きが止まり「ここだ」と、ジュリアは小さな声で言った。
僕は、彼女を抱きしめているだけで十分だった。
「船の話を聞かせて」とジュリアは言った。
「聞かない方がいい事ばかりだよ」と僕が言うと「いいの、教えて」と言った。
僕はジュリアにマグロ船での生活の話をした。
ジュリアは話を聞きながら、何度か「Woo」とか「Wow」とアメリカ人らしいリアクションを僕の腕の中で囁いてた。
僕の話が尽きる頃、ジュリアが僕に言った。
「ねえ。こういう時、日本の男の人って好きな女の子になんて言うの?」と、僕に聞いた。
僕は「アメリカ人は言葉が必要なのか?」と聞き返すと、ジュリアは黙って僕を見つめ「Okay」と言って抱きついてきた。

僕は彼女を、力強く抱きしめた。

僕は、ジュリアに会ってからずっと疑問があった。
「なぁ、なんで俺なんだ?」と、率直にジュリアに聞いて見た。
するとジュリアは、少し驚いた感じと怒った表情で「そういうこと、二度と私に聞かないで。私、自分に自信が無い人嫌いなの」と言った。
僕は「そうか」と答えた。
すると「本気で聞いたの?」僕に言った。
「嘘で聞かないだろ。本当に不思議なんだ」と、僕が言うと「あなたは自分の事がわかってないんだね。いいわ、私が少しずつ教えてあげるよ」と言って笑った。
ジュリアの門限の時間が近づき、僕が車を運転してジュリアの家に向かった。
ジュリアの家に着き車を駐車場に停め「タクシー呼んでもらえる?」と僕が聞くと、ジュリアは不思議そうな顔で僕の顔を見たあと「あなたって本当に面白い人」と言ってキスをしてきた。
「ご両親に挨拶した方がいいかな?」と僕が聞くと
「アメリカではそれが普通よ」と冗談まじりに答えた。
ジュリアの家は、あいかわらずの豪邸だ。
玄関からリビングに入ると、ジュリアのご両親がソファに座っていた。
僕は「こんばんは」と挨拶をすると、ご両親は優しく迎え入れてくれた。
僕はご両親を前にして「あの、お父さんは日本語がわからないと思いますが」と断りを入れてから「僕、英語が喋れないので日本語で言います。僕、ジュリアとお付き合いします!」と、直立不動の格好で言った。


それを見ていたジュリアとお母さんが、大声を上げて笑い出した。
僕が何を言ったかを、お母さんがお父さんに英語で訳した。
すると、お父さんも吹き出して笑った。
僕は、自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
恥ずかしい。
恥ずかしさのあまり「俺、なんか間違ってる?」とジュリアに聞いた。
するとジュリアは腹を抱えながら「間違ってないわ」と笑って言った。
帰りのタクシーが迎えに来て、僕はタクシーに乗り幸せな気持ちのまま船に戻った。

暴走する男

翌朝、マグロを水揚げした。
水揚げの後、船頭にブリッジに来るよう言われ、僕はブリッジに言った。
ブリッジに入ると、船頭と兄がいた。
船頭は僕達二人に向かって「商社のデヴィットにお願いされてな。これからの3航海、グァムに入港して水揚げをしたいんだが。どう思う?」と聞いた。
「ということは、あと3ヶ月位は日本に帰れないということですよね?」と兄が船頭に聞いた。
船頭は「そうだな」と答えた。
船員は、前航海の鹿児島入港を合わせるとすでに3ヶ月間、家族と会っていない。
プラス3ヶ月だと半年間会えないことになる。
それは、流石に長いと思った。
「これからの事を考えると、そうした方がいいかもしれないけど。次に日本に帰った時、何人か辞めていくかも」と僕が言うと、船頭は「そうだなぁ」と考え込んだ。
兄が「それなら、この入港で日本に飛行機で帰国したら?」と言った。
僕は少し考えた。
それだと通常の航海と同じ3ヶ月で帰れることになるし、日本まで船で帰港する燃料費と船員達のグァム島から日本への旅費を換算しても少し赤字になるくらいだが、そこに船員のモチベーションを加えると赤字は帳消しになるくらいのメリットはあると思い「確かにそれはいいい考えだ!」と、僕は言った。
そのことを船頭に説明すると「そうするか」と言った後「ただ船を無人で何日間も接岸しておくことはできない。誰か留守番が必要なんだ」と続けて言った。
「それなら俺とレンドンとエディーが残りますよ」と、僕は言った。
もちろんジュリアと会えるという気持ちもあったが、グァム島の知らない場所や文化をもっともっと知りたいという気持ちもあった。
「そうしてくれると、ありがたいが。いいのか?」と、船頭が僕に聞いたので「問題ないっす」と答えた。
僕とレンドンとエディーの三人は、他の日本人船員が日本へ帰国する10日間、グァム島で船の留守番をすることになった。
数時間後、僕たち三人を残し船員たちは日本に帰国した。
入港中で他の船員がいなくても、ダラダラと過ごしたくなかった。
そこでレンドンとエディーと話し合い、毎日起床時間と作業内容を決め仕事をすることにした。
朝食は僕が作り、7時に起床ベルで二人を起こす。
二人の朝食が終わり次第、僕が二人に漁具を作ったり整備する指示出して二人はそれに従って作業をし、僕は機関室に入り機関長から指示をされていた機械整備の仕事をした。
正午まで仕事をして終業にし、3人でセキュリティゲートの外のキッチンカーに行きランチを食べる。
その後シャワーを浴びて自由時間。
自由時間と言っても、フィリピンからの出稼ぎ船員の二人は、収入の全てを国に残している家族に仕送りをしていたため街に遊びに行く金が無かった。
僕は二人があまりにも暇だろうと思い、僕の寝台に設置してあったTVとビデオデッキを船員食堂に設置し、ショピングストアからアメリカ映画のビデオテープを買って来て映画を観れるようにした。
グァム島に10日間滞在することは、ジュリアには伝えてあった。
船で仕事をしている僕たちに、ジュリアはドーナッツやピザを差し入れしてくれ、彼女は直ぐに僕たちの中に馴染みフィリピン人船員の二人とも仲良くなった。
2日目のことだった。
留守番をしている僕たちに、ウェリット社長が粋な計らいをしてくれた。
入港している最中、狭い船内で寝るのは可哀想だし街に行く交通手段も必要だと、自分の所有しているマンションの部屋と使っていない車を貸してくれることになった。
僕達3人は仕事が終わった後、ウェリット社長の車でマンションに向った。
マンションに向う車の中で、助手席に座る僕に向ってウェリット社長が
「ケイジ君。君は私の息子と同じ歳なのに随分としっかりしているねぇ」と言った。
ウェリット社長にはデェィヴィッドJr.という、僕と同じ歳の息子がいて、ニックネームを“J”といい、たまにコマーシャルポートの中にあるウェリット社長のオフィスで見かけることがあった。
マンションと車は、Jが大学に進学した時に一人暮らしをしたいと言いだし、母親が購入して与えたとウェリット社長は僕に説明した。
Jは大学入学後、悪い遊びに部屋を使うようになり警察沙汰を何度か起こした結果、実家に連れ戻されたらしく、それで今は空き家になっているということだった。
マンションは、グアム島の北東側をのホテルストリートを抜けた小高い丘の中腹にあった。
駐車場に車を停めて、マンションの門をくぐると中庭にプールが見えた。
階段で二階に上がり、一番奥の部屋のドアを空け部屋に入った。
部屋の中は整理整頓されていて、ハリウッド映画に出てくるよな広い部屋だった。
室内には、リビングと寝室2部屋ありキッチンも広かった。
ウェリット社長はマンションの室内設備の説明をした後、僕たちをガレージに案内した。
ガレージには黒いHONDAアコードが駐車されていて、ウェリット社長は「短い間だけど、グァムを楽しんで。安全運転でね」と、僕に車のキーを渡した。


車のキーを僕に渡した後「ところで、彼らは泊まれないからね。お風呂だけだよ」と、ウェリット社長は僕の耳元で言った。
レンドンとエディーのことだ。
当時グァム島では、フィリピンから出稼ぎ労働者の就労ビザが切れた後の不法滞在が多発していて、入国管理局はフィリピン人の入出国管理に相当神経をとがらせていた。
僕は、ウェリット社長に「それを英語で彼らに説明してもらえませんか?」と言うと、ウェリット社長は二人に英語で説明した。
レンドンとエディーはウェリット社長の話を聞きながら頷いていて、十分心得いるようだった。
僕はレンドンとエディーに「Sorry」と言うと、2人は「モンダイナイ」と真っ白い歯を見せて笑った。
ウェリット社長が部屋を去った後、早速3人で中庭にあるプールに行き飛び込み込んだ。
レンドンがサングラスを掛けて、プールサイドにあるデッキチェアに腰掛けビールを片手に優雅な表情を浮かべて、映画に出てくるエディ・マーフィーの真似をして僕たちを笑わせた。


時間を忘れて、三人で遊んだ。
夕方になり、僕が車を運転して船に帰る途中マクドナルドに寄り船に帰った。
二人に申し訳ないので、僕もマンションには泊まらずに船に寝泊まりをすることにした。
車があれば十分だ。

その翌日は土曜日だったので休日にし、僕はジュリアとランチの約束をしていた。
そのランチに、レンドンとエディーをに誘った。
ランチにはジュリアが車で迎えにきて、彼女の車で行くことになっていた。
正午になり、3人でゲートに向かった。
グァム島は雨季に突入していたが、その日は天気が良く太陽は真上から照りつけていて、僕たちは太陽を避けるためセキュリティゲートの影に入りジュリアを待っていた。
少し待っていると、白いピックアップトラックが近づいてきた。
車のフロントガラス越しに、運転しているジュリアの姿が目に入った。
僕はジュリアに手を振った。
車はセキュティゲートの前に止まった。
レンドンとエディーは、ジュリアに英語で挨拶をした。
ジュリアもそれに答えた。
僕が助手席に乗り込むと、二人はピックアップトラックの荷台に乗りこんだ。
グアム島では、ピックアップトラックの荷台に人が乗って走行しても交通違反にはならない。
助手席に座った僕に「二人、誘ったの?」と、ジュリアは聞いた。
「ああ」と僕が答えると「あなたらしい」と、ちょっと困った顔で笑った。
ジュリアの顔に「デートだよね!?」と書いるようだった。
4人で、地元の観光客は全く来ない店のチャモロ料理を食べに行った。
小さな店だったが、テラスがあり太陽を遮るように屋根が付いていて、そのテラスで食事しながらジュリアはレンドンとエディーに英語で色々と質問をした。
ジュリアは早口の英語だし、レンドンとエディーは強いフィリピン訛りの英語なので、僕には何を言ってるのかさっぱりわからない。
レンドンとエディーとの会話の途中、彼女は何度か僕の顔を観察するように覗き込んだ。
ジュリアは僕の事を二人に色々と聞いているようだった。


僕は何となく照れ臭かったので、彼女が2人に何を聞いているかは聞かずに知らん顔をして食事を続けた。
ランチの途中に、ジュリアが僕に向かって「行きたい場所があるの」と日本語で言った。
僕は場所も聞かずに「うん、そこ行こ」と答えた。
「あなたっていつもそうね。どこに行くのか聞かないの?」と、不思議そうな感じで僕に聞いた。
僕は「行けばわかるじゃん」と答えると、あきれた感じで「ほんと単純な人」と言って笑った。
ジュリアは英語でボソボソと独り言を言い、それを聞いたレンドンとエディーがクスクスと笑っていた。
ランチを終えて、ジュリアは車を走らせた。
車は山間の道路を進んで行き、山道を抜けると小さな駐車場があり、そこに車を停めた。
駐車場から森の中に繋がる小さな道があり、ジュリアは僕の手を引いて先頭を歩いて進み、レンドンとエディーは僕の後ろを歩いていた。
森の中を歩いていると、森全体が湿気で覆われていて空気が重い感じがした。
少し歩くと、水の音が聞こえてきて涼しげな風を肌に感じた。
森を抜けると、キラキラと輝く泉が目の前に広がっていて水の流れる音が聞こえる。
音のする方に目を向けると滝があった。
滝は大きくは無いが、流れる水が綺麗だった。
僕はキラキラと輝く泉の側に腰を下ろし、ジュリアは僕の横に座った。
泉を見つめている僕の横顔を見ながら「やっぱり、そういう顔をすると思ったよ。少年の瞳」と、ジュリアが言った。
僕が「ん?」と聞くと「何でもない、面白い人」と言って笑った。
レンドンとエディーは、僕達と少し離れた川辺に大の字になり目を閉じて水の音を聞いている。
ジュリアは僕にもたれたまま目を閉じてた。
僕は随分と長い時間、キラキラしている水面を見つめていた。
ジュリアの顔を覗き込むと、寝息を立てていた。
目が醒めるまで、このままでいさせてあげよう。
煌めく泉の水面を見つめ、ジュリアの重さを感じながら思った。

「このまま、時間止まらねぇかな」

どのくらい時間がたったのだろう、陽が少し西に傾いてきた。
ジュリアは目を覚まし、僕の胸でまどろみながら「寒い」と言った。
僕はジュリアを抱きしめた。
煌めいた水面は、日の傾きと共に輝きを失っていっていた。
僕は、全ての輝きが失われるのを見たくなかったので「そろそろ戻ろう」と言った。
レンドンとエディーは滝の駐車場を出る時、僕とジュリアに遠慮したのか船に帰ると言った。
ジュリアが寝むそうにしていたので、僕が車を運転した。
山道を抜け、交通量の多い道路に出てコマーシャルポートに向かっている時だった。
信号で止まった時、赤い傷だらけでボロボロのピックアップトラックが、僕たちが乗る車の右側に止まった。
赤いピックアップトラックの開けた窓から、ヒップホップ系の音楽が大きな音で流れていた。
その車には運転手と助手席に一人、荷台に3人合計5人の男が乗っていた。
運転席の男が、ジュリアが座る助手席側の窓をコンコンコンとノックした。
ジュリアは、それを無視した。
その男が窓越しに、何かを叫ぶのが見えた。
ジュリアは「相手にしないで。ゆっくり行きましょ」と、冷静に僕に言った。
ジュリアの顔を見ると、眉間にシワを寄せ険しい表情をしていた。
僕は「そうだね」と言って、信号が変わるとゆっくりと車を進めた。
しかし、赤いピックアップトラックは僕らの行く手を遮るように、僕が運転する車の前にピッタリと執拗に張り付いて離れない。
荷台に座る男達が、僕たちに向かって中指を立てたりして挑発した。


僕は、冷静でいるよう自分に言い聞かせた。
ジュリアは「彼らの目見た?真っ赤だったでしょ。ドラッグやってるの、ああいう人大嫌い」と吐き捨てるように言い「悲しい事だけど、彼らはフィリピーナよ。レンやエディーと同じ国の人」と続けた。
ゆっくりと走る僕らに対して、挑発を続ける赤いピックアップトラック。
運転席の男が、窓から肘を出し瓶ビールを飲んでいるのが見える。
僕は赤いピックアップトラックから離れようと思い、ハザードランプを点滅させ車を路肩に停車した。
すると赤いピックアップトラックは、僕たちの少し先に同じように停車してクラクションを鳴らし挑発している。
荷台の男達は、僕たちを見てニヤニヤ笑っていた。
ジュリアが「とにかくコマーシャルポートまで行きましょう。ゲートの警官を見たら彼らは引き返すわ」と、僕に言った。
僕は、改めて車を発進させた。
赤いピックアップトラックは、また僕ら車の前を遮るように僕たちの車の前にピッタリと着き、時折蛇行運転をしながら走っている。
僕は、それを無視するようにゆっくりと運転をしていた。
すると、前を走る赤いピックアプトラックの助手席の男が、僕らの車に向かってビール瓶を投げつけてきた。
どこを狙って投げたのかは定かではないが、ビール瓶が放物線を描くように運転席の上を超えていくのがわかった。
僕はルームミラーで、荷台に座る二人を見た。
エディーが頭を押さえて、うずくまっているのが見えた。
ジュリアは座席後方の小さな窓から荷台を確認して「エディーに当たったみたい!頭から血が出てる!」と僕に言った。
その瞬間、僕の中で何かがはじけるのがわかった。
腹の中から猛烈な怒りが湧き上がってくる。
僕はアクセルを踏み込み、赤いピックアップトラックの後方にピッタリと張り付きクラクションを鳴らした。
次に右側を並行し窓を開けて、赤いピックアップトラックの助手席に向かって「Stop!You damn bastard!」と声を荒げて言った。
助手席でジュリアが僕に向かって何か叫んでいたが、全く耳に入らない。
“仁義なき戦い”という映画で、主人公の広野が言った

「追われるモノより、追うモノの方が強いんじゃ」

というセリフが、頭の中に巡った。
ルームミラーでレンドンとエディーを見た、エディーの頭からは血が流れ落ちていて二人の表情は怒りに震えている様に見えた。
僕と目が合ったレンドンが鋭い目つきで僕に向かって親指を立て、その親指で首をかき切る仕草をした。

それはサメを殺す時のジェスチャーだった。
僕はレンドンに向かって頷き、三車線の道路を走る赤いピックアップトラックの前に出たり、後ろに付いたり並行したりして煽った。
赤いピックアップトラックの運転に、明らかに焦りが見え運転が荒くなって来たのがわかる。
ジュリアに「ごめん。止めないでくれ」と言うと「うん」と答えた。
赤いピックアップトラックが大きく揺れ、荷台に乗る男たちの顔に焦りの表情が見てとれた。
赤いピックアップトラックは、たまらず車線を右側に変更しスーパーマーケットの駐車場に入って行き、僕もそれに続いて車をスーパーマーケットの駐車場に入った。
その時ルームミラーを見ると、エディーが僕に向かって「俺は大丈夫だ」という意味で親指を立てた。
僕は赤いピックアップトラックを追った。
ジュリアはずっと黙っていた。
赤いピックアップトラックの隣に車を停めると、レンドンとエディーが赤いピックアップトラックの男達と口論を始めた。
英語では無かった。

ジュリアは「あなたは出てはダメよ、中にいて」と言って僕を制止し、彼女は車を降りていった。
僕は「わかった」と言い見守ることにした。
同じフィリピン人同士で、殴り合いのケンカには発展しそうになかった。
サイドミラー越しにジュリアを見た、大きな声で何かを叫びながら口論を納めようとしている。
徐々に声が静まり、口論が収まって来た。
僕は車から降りて、レンドンとエディーに「もっとやるのか?」と聞いた。
すると二人は僕を見て「モウイイ」と言い、僕は二人向かってに頷いた。
ジュリアに「もういいみたいだよ、帰ろう」と声を掛けたると、ジュリアは僕に頷いた。
僕は先に運転席に乗り込み、ジュリアが乗ってくるのを待った。
ジュリアは助手席に乗り込もうとしながらドアを開けて振り返り、赤いピックアップトラックの男たち向かって英語で何やら叫んだ。
その時ジュリアに何が起こったのかを、僕は見ていなかった。
車を発進させようとした時、ジュリアは怒った感じで早口の英語で何か言っていた。
僕は「どうしたの?」と聞いた。
「彼らに背を向けた時、胸とお尻を触られたの」と、涙を必死に堪えた顔で僕を見た。
プライドの高い人だ。
体を触ると言う女性を軽蔑した男の行動が、心から許せなかったのだろう。

その時、僕の中の何かが切れた。

僕は冷静を装い「誰が触ったの?」と聞いた。
ジュリアは「黒いTシャツ、ジーンズ履いてるの男」と答えた。
車を発信させジュリアに「つかまっておけ」と言い、荷台にいるレンドンとエディーにルームミラー越しに親指を立て喉を搔き切るジェスチャーをし、一方通行の駐車場を一周した。
赤いピックアップトラックは、まだ駐車していて荷台に男達が乗り込んでいるところだった。
僕は赤いピックアップトラックに向かってアクセルを踏み込んだ。

ドォォォォ―――ン!!!

僕は赤いピックアップトラックに向かって、激しく車を衝突させた。
赤いピックアップトラックの荷台に座っている男達が、吹っ飛んで行くのが見えた。
車を止めて、運転席を飛び出し黒いTシャツにジーンズの男を見つけた。
容赦はしなかった。


男の鼻の折れる音や、歯が折れる音が聞こえる。
ジュリアは、僕を何度も止めようとした。
しかし、一度火が付いてしまうと、僕を誰も止めることはできない。
レンドンとエディーとジュリアの三人は、僕を押さえつけようとしていたが
僕の左手は男のTシャツの襟を持ったままだった。
ジュリアは「もうやめて!」と言いながら、僕の頬を張った。
我に帰って男を見た。
僕の左手で襟を掴まれている男の顔面は真っ赤な血で染まり、顔はグシャグシャになっていた。
他の男たちは、それを呆然と見ているだけだった。
すると、パトカーのサイレンが近づいきて、数人の警官がパトカーから降りてきた。
警官達は僕に駆け寄り「Police!put your hands up!」と、叫びながら僕に銃を向け僕を取り囲んだ。
僕は男の襟を離し、手を上げ膝を着いた。


膝を着いた僕を、数人の警官が何か英語で言いながら取り押さえた。
僕は抵抗しなかった。
心の中で「やっちまった」と思った。
僕はうつ伏せに押さえつけられ、後ろ手に手錠を掛けられて結束バンドで足を縛られ固定された。
僕はジュリア達を見た。
ジュリアは警官に向かって、英語で何かを一所懸命訴えかけていた。
一人の警官がジュリアに対応していた。
警官二人が僕を抱えてパトカーの後部座席に乗せ、僕の両脇に警官が座った。
パトカーは発進し駐車場を出て走り出した。
「警察署に連れて行かれるのか」と思った。
右側の警官が、僕のデニムのポケットからパスポートを引っ張り出し確認していた。
何か質問しているが、英語なので全く分からない。
「You Speak English?」と、左側の警官が聞いた。
僕は「No」と答えた。
すると右側に座った白人警官が「JAP」と、言うのが聞こえた。
僕は秩序は乱したが、侮辱を許したわけではない。
「あぁ!んだこのクソやろー!!」と、その警官に向かって叫んだ。
すると左側の警官が「Quiet!」と言って、僕の頭を抑えつけた。
僕は侮辱した白人警官を、ずっと睨みつけていた。
少ししてパトカーは、警察署に到着した。
パトカーは警察署の正面の門をくぐると、一般車両が止まっている表玄関の駐車場を抜け裏側に廻り入口の前で止まった。
僕はパトカーから引きずり降ろされた。
足を結束バンドで固定されているので歩けない。
二人の警官に両脇を抱えられ、引きずられて警察署の中に入った。
署内に入ると金網に囲まれた檻があり、檻の中で改めて武器を持っていないか身体検査された。
身体検査の後、檻の施錠がされ手を固定されていた結束バンドが切られた。
檻の中に受付があり、受付の警官が手で「出せ」というゼスチャーをした。
僕は、デニムのポケットから財布とタバコとライターを取り出し受付に出した。
受付の警官には、すでに僕のパスポートが渡されていて、パスポートの写真と僕の顔を交互に見て別人ではないか?の確認をした。
それが終わると足の結束バンドが外され、両腕を組まれて手錠をかけられた。
受付の警官が「Name」と僕に向かって言い書類の“Name”と書かれた部分を指さした。
僕は漢字で名前を書いた。
それから署内の事務所スペースのような所に連れて行かれ椅子に座らされ、いろいろと質問されるが、全て英語なのでさっぱりわからない。
質問されるたびに「I can’t speak English」と答えた。
やりとりは数十分に及んだ。
取調べをしている警官は、言葉が通じない日本人に呆れ顔になっていて「Okay Stand up」と言って僕を立たせ、僕の手錠を引っ張り廊下の方に歩き出した。
手錠を掛けられたまま警察署内の廊下を歩いて行くと、途中にコーディネーターのキムさんが立っていた。


キムさんは僕を見るなり「どうしたの!?大丈夫!?」と心配そうな顔で聞いた。
僕は「キムさん、面倒かけてごめん」と言った。
キムさんは僕の右手を指差して「大丈夫なの!?」と聞いた。
僕の両方の拳はさっき人を殴ったせいで腫れあがっていたが、あまり痛みを感じなかったので「大丈夫だよ」と答えた。
キムさんは、僕のことをすごく可愛がってくれ気にかけてくれていた。
当時のキムさんの年齢は64歳。
「日本人は閉鎖的」というイメージが強かったキムさんは、初めて僕に会った時「君は日本人にしては珍しいね。開放的だね」と言った。
僕が興味を持った現地の人達との文化交流の場に、良く連れて行ってくれた。
本場の韓国料理を食べさせると言って、僕を自宅に招待してくれ夕食をご馳走してくれた。
キム家自家製のキムチとナムルは絶品だった。
キムさんには、子供がいなかった。
息子さんは祖国の内乱に巻き込まれ、亡くなったと聞いた。
キムさんは「わたしが通訳するよ」と言って、警官に引っ張って連れて行かれる僕に着いてきた。
灰色のいかにも警察署の取調べ室といった感じのドアがあり、ドアを開けると小さな部屋になっていて、部屋の中に机があった。
僕の前に二人の警官が座り、キムさんは僕の隣に立っていた。
僕は「キムさん、座りなよ。俺が立ってるよ」と言うと「ダメダメ!!いいから大人しく座って!」と、少し怒ったように言った。
「確かに、取調べされるのは俺か。キムさんが座るのはおかしい」と思った。
キムさんのその顔は、どこか僕の祖父の顔に似ていた。
警官の質問を、キムさんが通訳をして僕に伝えた。
僕は、事と次第を全て話した。
大体の状況説明が終わった後、初めてキムさんが何やら警官に問いかけた。
警官は事務的な口調でキムさんに何かを言うと、キムさんは苦痛の表情を浮かべ身ぶり手ぶりで早口の英語で何かを訴えかけていた。
キムさんの「No!No!No!」という言葉だけは、聞き取ることができた。
警官とキムさんとのやり取りは続いた。
キムさんは時には激しく、時には懇願するようにアクションを交えて警官に訴えかけていた。
その仕草は僕を擁護しているに違いなかったが、英語がわからない僕はキムさんが何を説明しているのか全く分からなかった。
僕が「キムさん、何を言ってんの?」と聞くと「黙って!!」と僕を怒った。
そこにスーツ姿の黒人が入ってきて、僕の目の前の警官に何やら耳打ちをした。
ヒソヒソと話をしている。
警官は納得いかない様子で目の前に置かれた書類に、判子を押して僕に向かって何かを言った。
僕は「?」という表情でその警官を見ていると、隣に立っているキムさんは「オーライッ!!オーライッ!!」と言って、ガッツポーズをした。
僕は「なになに?」とキムさんに聞いていると、警官は立ちあがり僕の手首に掛けられてある手錠を外した。
両腕が軽くなるように感じた。
両手を見ると、血の乾いた跡と両方の拳が醜く腫れあがっていた。
キムさんは「これから裁判!簡単な裁判!」と言って、僕の背中を叩いた。
なにがなにやらわかんないけど・・・
警官は持っている書類の“Name”と書かれた部分を指さし「Name」と言った。
僕は、また漢字で書いた。
するとキムさんは「英語で掛けないの!?」と両手を広げ、すごくオーバーなリアクションをとりながら僕に聞いた。
「書けるけど、俺日本人だもん」と、まだ若気の意味のない反抗をしたい気持ちが先走っている僕。
「ダメダメ!ここはアメリカだよ!英語で書いて!!」と言って怒った。
キムさんが言うので、素直に聞くことにした。
漢字で書いた下に、ローマ字で名前を書いた。
それを見たキムさんは、微笑んでいた。
裁判所のような場所に入ると、傍聴席にはジュリアとジュリアのご両親、レンドンとエディーとウェリット社長が座っていた。
エディーの頭には白い包帯が巻かれてあった。
裁判所に入った時「なんか映画で見たことあるな」と思った。
傍聴席のジュリアを見た、心配そうな顔で僕を見ていて、お母さんとお父さんの間に座りご両親と手を繋いでいた。
ジュリアに頬笑みかけると、涙を浮かべて何かを言った。
声は聞こえなかったが「ごめんなさい」と言っているように見えた。
裁判所の中央にある、木製の手摺の囲いある場所に立つように言われ、そこに立った。
僕の隣にはキムさんがいて、警官が英語で何かを叫んだ。
裁判所の右側のドアが開き、アロハシャツを着た太った黒人のおじさんと、制服を着た警官二人が入ってきた。
それと同時に全員が起立をした。
アロハシャツのおじさんが着席するのを待ち、おじさんが着席してから全員が着席した。
警官がキムさんに向かって英語で何かを言うと、キムさんが僕に「立って右手を挙げて」と言って、自分も立って手を上げた。
僕はそれを真似た。

僕の前にアロハシャツを着た若い坊主頭のチャモロ系の男性が立っていた。
若いチャモロ系の男性は、僕の弁護士だった。
小さな声で「俺、刑務所に入るの?」とキムさんに聞いた。
すると「入らないよ。でも罰金高いよ。」とキムさんは答えた。
「あのおじさんが裁判長か」と思った。
裁判所に、ピリッとした空気に包まれた。
裁判長がガベル(裁判や議会などで用いられる儀礼用の小型の木槌のこと。)を叩いて、何かを言った。
キムさんが僕に「座って」と言ったので席に着いた。
裁判長は、僕ではなくキムさんに向かって英語で何やら聞いた。
キムさんはそれに答えた後、僕に「反省してますと言って」と言った。
照れ臭いのも苦手だが、それと同じくらいピリッと緊張感が漂う雰囲気が苦手なシャイな僕は、急にふざけたくなって「なんで?」と聞いた。
するとキムさんは「なんでってなんで?」とムッとした感じで、僕に聞き返した。
「だからなんで?」とまた聞き返すと、それを無視してキムさんは裁判長に向かい何やら英語で叫んだ。
若い弁護士が、それに続いて何やら裁判長を説得するような感じで話している。

裁判長は弁護士の説得に頷くばかりだった。
その後、裁判長が改めてガベルを2回叩き、判決が言い渡された。
キムさんがそれを僕に通訳した。
「保釈金$3600、罰として社会奉仕活動12日間。ただし、グァム島入港時に限る」と言った後、キムさんは僕に向かって「Stupid!(このバカが)」と叱るように言った。
その声が裁判所内に響き、傍聴席から笑いがおこった。
保釈金はウェリット社長が立て替えてくれて、僕は釈放された。
あとで聞いた話だが、僕が殴ったのは不法滞在をしているフィリピン人で、彼らは窃盗集団だった。
ジュリアが父親に事情を説明し、総領事長であるお父さんが僕の量刑に助力してくれたのは間違いなかった。
裁判所を出てキムさんに礼を言うと、キムさんは涙を浮かべて僕を抱きしめ「バカ息子」と言った。
僕に対して、亡くなった息子さんの面影を見ているのかもしれないと思った。
ウェリット社長にお礼を言い、レンドンとエディーと握手をした。
レンドンとエディーは「サイコウ!」と言って、真っ白い歯を見せて笑っていた。
ジュリアのご両親にお詫びとお礼を言うと、お母さんが「あなたは今夜ウチに泊まりなさい、一緒にお食事もしましょう」と言ってくれた。
お父さんを見ると「仕方ない」と言った表情を浮かべて笑っていた。
ジュリアは僕に抱きついてきて、僕もジュリアを抱きしめた。
「ジュリア、訳して」と言って、僕はその場にいる人たち全員に深くお詫びを言い、合わせて感謝も伝えた。
特にジュリアのご両親には、心配を掛けたことと迷惑を掛けたことを伝えた。
ジュリアのお父さんが、微笑みながら僕に何かを言った。
それをお母さんが「娘を守ってくれて、ありがとう」と訳してくれた。

ジュリアの家に着き、ジュリアとお母さんが食事の用意をしている間、お父さんが僕の両手の手当てをしてくれた。
お父さんはドイツ系アメリカ人で、政府の仕事で日本滞在したことがあり、片言の日本語はしゃべることができた。
僕の両手の手当てをてくれながら「ケイジ、カラテ?ボクシング?」と、僕に聞いた。
僕は「キックボクシング」と答えた。
お父さんは「なるほど」と、言った顔をした。
食事の用意ができ、四人で食事をした。
腫れあがった手で食事をするのは大変だったが、すごく楽しかった。
食事が終わり、コーヒーが運ばれてきた。
コーヒーを飲みながら、お父さんが英語で僕とジュリアに向かって何か言い、お母さんがそれを僕に訳した。
「ウチにはルールが必要です。それは君とジュリアが、同じ部屋で二人で寝るということを禁じるというルールだ」と言った。
ジュリアはお父さんに向かって「All right Dad 」と言った。
お母さんが僕を、ゲストルームに案内してくれた。
お母さんはゲストルームのドアを開けて「着替えはガウンを着てね、あとは何でも遠慮なく勝手に使ってと」と言った。
僕はゲストルームに入った。
お母さんは「おやすみなさい」と言って、ドアを閉じようとした。
僕は、閉じかかっているドアに向かって「おやすみなさい」と言った。
部屋には、バスルームやキッチンまで着いていた。
シャワーを浴びて、ベッドに横になった。
目を閉じる。
みんなに迷惑かけてしまったことを、改めて反省をした。
ベッドは広く、フワフワと柔くいい香りがした。
緊張の糸が切れる感じがして急に眠気を感じ、そのまま眠りに落ちた。
何かが体に纏わり付く感じで目が覚めた。
安らかな感触と、心地よい香り。
纏わり付いているのは、ジュリアだとわかった。
キスをして、彼女を抱きしめた。
ジュリアを抱きしめたまま、眠りに落ちた。

翌朝、彼女のキスで目が覚めた。
彼女は「そろそろ起きる時間だよ」と言って、コーヒーを僕に渡した。
僕はコーヒーを片手にテラスに出て、タバコに火を付けた。

その三日後の午前中、他の船員が日本から戻ってきた。
その日の夕方、船はグァム島を出港した。

つづく

  • 関連記事
  • おすすめ記事
  • 特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP
目次