出航してから数日が経過し、マグロを獲るための全ての漁具と機器の整備と準備は整っていて
船は漁場を目指し航行を続けていた。
いつものように朝食を作り、ブリッジに行くと「今日は仕事休みにするから、みんなを起さなくていいぞ」と船頭に言われた。
休みあるんだ!?と、嬉しかった。
すると、当直員である有馬さんが「ワッチ(当直)こうたーーーい!」と叫びながらブリッジに入ってきた。
有馬さんは8時から10時の当直だった。
ブリッジには、様々な雑誌が沢山収められている段ボール箱3箱あった。
大量に買い込んだ小説や週刊誌、漫画等、様々な本が入っている。
もちろんエロ本も。
有馬さんは、その箱の中から「週刊ポスト」を取り出し、操舵席に腰掛けて読み始めた。

有馬さん、ワッチする気ないみたい・・・・。
有馬さんがグラビアの部分を見てた時、船頭がブリッジに入ってきた。
「有馬さん、船頭に怒られる!」と思ったが、船頭は有馬さんには見向きもせず自分の部屋に入って行った。
僕は「あれっ??」と思い、有馬さんに聞いた。
「ワッチの時に本読んでいいの?」
すると有馬さんは「2時間も暇だろうが。どうせ船なんかいないんだから、10分に一回くらい前見りゃいいんだよ」と言った。
そう、太平洋ってとてつもなく広いんです。
洋上に出ると、船とすれ違うことなんてほぼ無いんです。
すれ違ったとしても米粒ほど遠くにいるくらいなんです。
「ウォークマンで歌とかも聞いていいの?」と僕が聞くと「いいに決まってるだろ」と、僕と会話しながらも、有馬さんは週刊ポストから一切目を離さず、食い入るようにグラビアページの女の子を見ていた。
僕がブリッジを出ようとした時だった。
「おい、この字なんて読むんだ?」と聞きながら、週刊ポストのグラビアの、横に書かれてある見出しを指差した。
見出しには「妖艶の夏」と、書かれてありビキニを着た女の子が写っていた。
僕は「“ようえんのなつ”だよ」と教えた。
「ほうほう」と言いながら、グラビアページから目を離そうともせず頷く有馬さん。
「ようえんってなんだ?意味わかんねーな」とポツリと言った。
「ん?」と僕は言ったが、有馬さんは僕の顔を全く見ずに、グラビアを舐め回すように見ている。
すると「ところでよー。NHKのおおかわドラマ面白いな!武田信玄!あれおもしれーな」と、いきなり僕に言った。
ぼくは「おおかわドラマ?・・・。はて?そんなドラマあったっけ?」と、少し考えた。
有馬さんは、グラビアから全く目を離さない。ずっと見ている。
見えてはいけないものでも見え出すかのように、食い入るように見ている。
僕はそんな有馬さんに「有馬さん、それってもしかして。日曜の夜8時からNHKでやってるドラマのこと?」と聞いた。
すると有馬さんは「そう!日曜の夜8時からのドラマだ!」と答えた。
「有馬さん、それ大河(おおかわ)ドラマじゃなくて大河(たいが)ドラマっていうんだよ」と僕が言うと、有馬さんはやっと顔を上げて僕を睨みつけて言った。
「バカやろー、うちの隣の大河(おおかわ)さんは、おおかわじゃねーか!たいがなんて言わねーじゃねえか!」とムキになって僕に言った。
理解した!!
音読みと、訓読み!!!
僕は必死に笑いをこらえながら「有馬さん家の隣は大河(おおかわ)さんだけど、NHKのドラマは大河(たいが)ドラマって読むの!」と言うと「それはお前が間違ってる!そんな言葉、俺は聞いたことねぇ!」と、自分が間違えていることを一切認めない感じでムキになって言った。
ちょっと待てよ、さっき妖艶の夏も読めなかったし、大河を“おおかわ”と言うし。
さては?と思い、有馬さんに「ちょっと読んでる本貸して」と言い、有馬さんが読んでいる週刊ポストを取り上げ、雑誌の記事の中に書かれてある「裏金作りの仕組み」という記事のタイトルを指差し
「これなんて書いてる?」と有馬さんに聞いた。
すると有馬さんは「なんとかつくりのなんとかぐみ」と言った。
またまた理解した!!
そう、有馬さんは小学校低学年で教わる程度の漢字しか読めなかったのだ。
吹き出しそうになったが、有馬さんは先輩なのでバカにしてはいけないと思い、笑いを必死になっている僕の顔を見て「俺は中学にろくに行ってないんだから仕方ねーだろ」と有馬さんは、笑いながら言い訳をした。
それ以来、僕は有馬さんのことを、愛を込めて大河(おおかわ)さんと呼ぶようになった。
その日の午後を回った辺りから、海が荒れ出し急に揺れが激しくなってきた。
その揺れはどんどん大きくなって、夕方近くには上から下にド――ンッ!ド――ンッ!と船が叩きつけられるような、揺れに変わった。
参考映像
船はミクロネシア諸島付近で発生する、熱帯低気圧の真っただ中を航行していた。
この熱帯低気圧は日本に近づいて行き、日本近海に達すると台風に成長する。
例えていうなら「台風の卵」だ。

そんな中でも、飯炊きの僕は夕食を作らなければならない。
船が叩きつけられる中、体を支えながら金目鯛の煮付けと、刺身とブロッコリーとエビの炒め物を作った。
夕食を作り終えると、いつものように夕食が出来たことを告げるため、船に打ち込んでくる波をくぐり抜け、ブリッジまで行く。船頭に「夕食ができました」と声をかけた。
いつもなら、すぐに食堂に向かう船頭だがその日は僕に向かって、コクリとうなずくだけで、しきりに他の船と無線で連絡を取っていた。
無線連絡の相手は、近隣で漁をする船だった。
漁の状況を確認しているような話し声が聞こえてくる。
ひとしきり無線連絡が終わると、船頭から「ボースンを呼んで来い」といわれたので、僕はボースンを呼びに、ブリッジから船尾の船員室に向かう。
海は荒れ、大きな横波が船にドッカーンと打ち込んできていた。
僕は、ブリッジの入り口の軒下で打ち込んでくる波のタイミングを図る。
ブリッジの出入り口は右舷側にあるので、船が左舷に傾いた時、波は通路に打ち込んでこない。
風に煽られた飛沫で少しだけ濡れるが、頭から波を被ることはない。船が左舷側に傾いた時に、ブリッジから船尾まで通路を一気に走り抜け、船尾の居住区に行きボースンに船頭が呼んでいることを告げて、またブリッジに戻った。
ボースンが、ブリッジ来た。
船頭がボースンに向かって「明後日からやるぞ、明日構えろ」と言った。
ボースンは「わかりました」と、船頭答え僕に向かって「明後日、第一回操業だ」とニヤリと笑顔を見せ言った。
船頭とボースンは、共に船尾に夕食に行った。
荒れた海は収まる気配は全くなく、波は船に打ち込んできては引いていく。
「こんな時化(シケ)で操業なんかできんのかよ??立ってるのもやっとじゃん」と、思いながら暗くうねる海を見つめていた。

翌日、海は荒れたままだった。
そんな中、第一回操業に向けての準備をした。
船尾の漁具を入れている倉庫が開き、マグロはえ縄漁をするための漁具をスタンバイして、幹縄を巻き上げる機械のラインホーラーや枝縄を巻き上げる機械のブランリールのカバーが外された。
船は、マグロはえ縄漁船にトランスフォーム。
船員は誰に指示されるわけでもなく、激しく荒れた海を航行する船の上で各自がテキパキとスムーズに動く。
最後にボースンが全てのチェックをして、準備は完了した。3時間程で終わった。
船は、戦闘態勢に入った。
僕の胸は、期待に躍っていた。
というのは、嘘で。
「俺、大丈夫かな?こんなに揺れてるのに歩けるのかな?」と考えていた。
つづく
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