すぐ殴っちゃうんだから
船での生活パターン

朝6時起床。
まずは口をゆすいでから一杯の水を飲んで、タバコを吸う。
そして、歯お磨きをした後、またタバコを吸いながら目覚めのコーヒーを飲む。

一連のルーティンの後、8人分の朝ごはんの調理を開始する。
朝食の献立は毎日同じ。
ご飯とお味噌汁と卵焼きに簡単な付け合わせ。
朝7時ぴったりにブリッジに行き、船頭に朝食が出来たことを告げ、操舵席に座り船頭の食事が終わるまでの間、僕は当直をする。
船頭の食事が終えブリッジに戻ってくると「ベルをならせ」と言われ、スタンバイのベルのボタンを押し船員全員を起こす。
その後、食事を終えたボースンがブリッジにやってきて、船頭とその日の仕事の内容を打ち合わせ確認が始まると、僕はブリッジを出て食堂に行きご飯をかき込み朝食を済ませる。
朝食の後片づけをするのだが、この時昼食の準備をできる限り済ませておく。
昼食を作る時間は、30分しかない。
8人分の昼食だ、前準備無しに30分で作れるわけがない。
例えば、昼食に野菜炒め&刺身&お吸い物を作る場合、朝食の片付けが終わった後、野菜は全部切っておき冷蔵庫で保冷しておく。
お刺身用の魚もさばいて、刺身用に切るだけの形に整えて冷蔵に収め、お吸い物に入れる具材も切って冷蔵庫に保管といった具合だ。
朝食の後片付けと昼食の前準備が終わり、仕事に参加する。
ボースンに何の作業をするのかを聞き、指示された通りの作業をする。
作業をすると言っても、新米の僕が出来ることは限られていて、今は仕事を教わることが仕事のようなもの。
仕事や作業は、どの先輩船員に聞いても優しく丁寧に教えてくれた。
しかし、教えた通りに作業をせず、自分なりのオリジナリティを織り込み作業をしようものなら容赦なく制裁が飛んできた。
グーパンか、サンダルで。

サンダルは、まだいいです。
音が激しいだけだけで、怪我にはならないので。
グーパンは嫌です、殴られたところが腫れるから。
人に教わった事をデフォルメして、自己流にアレンジしてオリジナリティを出すことは大いに良いことだと思う。
しかし、数十年の時の中で、先人が失敗を繰り返し、その経験を基に作り上げられた「形」はほぼ完成形であり、その先人達の「形」を漁師一年生の僕が自己流にアレンジしても「形」に勝るもはずもない。
教わった方法を柔軟に受け入れ、その方法を真似をし量をこなして行くことによって己の技とし、
そこに様々な
オリジナリティを加えて独自の目指すクオリティに近づけていく。
この仕事への考え方は、船を辞めた現在でも変わらず、仕事をする上で一番重要だと考えている。
しかし人はそんなに強くないし、誤魔化したい時もあるし、楽な方法に逃げようとする。

量が多ければ質を疑うし、質が悪ければ量の多さで補おうとする。

特に生来グウタラ気質の僕は、その傾向がとても強い。
マグロはえ縄漁船とは、文字の如く「縄」を主に扱う作業が大半を占める。
一流のマグロはえ縄漁船の漁師とは、縄を扱う職人でもあるのだ。
マグロはえ縄漁の漁具の仕掛けは、「幹縄」と呼ばれる大元の縄にマグロが掛る「枝縄」または「ブラン」と呼ばれる縄が、2000〜3000本程度取り付けられる。

枝縄は3層構造になっており、末端に幹縄と枝縄を接続するステンレス製のスナップが付いており、スナップが付いている末端から中間までが「枝」と呼ばれ、「枝」の先端に「サルカン」と呼ばれる縄のよじれを取る接続素材がついている「サルカン」からの「枝」よりもひとまわり細い縄がついている中間部分を「さきながし」と呼ぶ。「さきながし」の次に約3メートルのワイヤーが付いており、ワイヤーにマグロ用の釣り針が取り付けられ、1本の仕掛けとして完成する。末端のスナップと枝は、「さつま」という輪(わ)型の縄を編み込んで作り、スナップと枝縄を取り付ける。

「さつま」を刺すには、3本の束になっている枝の縄を1本づつにバラし、「スパイキ」という、カジキの角で出来た尖った作業具を使い、縄に穴をあけて1本づつ刺し込んで「さつま」を編み上げていく。

今日は、「さつま」を作る作業で3000本作る。
船頭は無線を使い他船との漁に関する情報交換をし、機関長は機関室で機関の整備作業を行うため、作業には加わらない。
そのため6人で3000本を作るので、一人あたり500本作る必要があるのだが、新人の僕は先輩が3本作る間に1本しか作れない。
右利きのためスパイキを右手に持ち、左手で縄を持ち「さつま」をさしていくのだが、新人の僕の手は柔らかいし、力加減を調節するほど要領が良くないので、10本程「さつま」を刺すと、縄を持っている左手人差し指の第二関節あたりに、マメができた。
左手の人差し指の痛みは増していき、痛みにより作業の速さは顕著に低下し、徐々に左手の人差し指には血がにじんできた。
左手を痛がる素振りを見せる僕なんか、誰も見向きもしない。
皆、淡々とさつまを刺しながら、パチンコや風俗の話しを和気あいあいとしている。
新人の僕の隣には、常にボースンがいた。
ボースンの作るさつまの、上手くて早い事!しかも、きれい!!!!
あまりの左手の痛さに、痛みを和らげようと「つぅ」と言う言葉が口をついて出た時、ボースンが「手ぇ、痛いのか?」と聞いてきたので、素直な僕は、とても素直な僕は「痛い」と答えてしまった。
するとドッカーーーーーン!!
左後頭部に衝撃が走った。
僕からは見えない角度で、ステルスパンチが振り下ろされましたよ。
殴った後に「若いくせに、痛いなんて言うんじゃねー!!」と怒鳴られました。
まあ、暴力の後に注意されるのはいつものこととして・・・。
しかし「若いくせに」というのは理解ができない。
若くても痛いものは痛いし、痛みを感じるのに若さも老いも関係ありませんから。
しかし、その時は黙って殴られた痛みに耐えました。
だってまた「痛い」と言うと、絶対に殴られるのはわかってますから。

負の連鎖を招くような、野暮な僕では無いんです。

仕事が遅いのは仕方ないのは、先輩方も承知している。一年生ですから。
しかし、根性は同じレベルが求められると学びました。
「痛い」と言葉にするのは、「痛み」に対して「負けました!」と言っているようなもんなんだなと。
訳のわからない理由かもしれないが、それを自分に言い聞かせ納得させるのに、さほど時間は必要ない、順応性がとても高い僕でした。
11時半なったので、僕は昼食を作りに賄いへ。
飯を炊きに行くタイミングに関しては、誰も指示を出さないし命令もしません。
僕が判断し行動する。
遅ければ、ドヤされるだけ。
ただ僕は約3時間の作業で「さつま」を40個位しか作れていなかった。
昼食を作り終え、船頭に昼食が出来たことをブリッジに告げに行った。
船頭は昼食に行き、船頭の昼食が終わると、船員のその日の作業も同時に終了する。
午後からは、各自2時間毎の当直以外は休みになる。
そのための最初の当直員が、優先で昼食をとる。
その他の船員は、各自バラバラに行動するのだが、狭いスペースで集団生活をしているため様々なことに優先順位がある。
船員は皆、その優先順位を完全に把握していて把握しているからこそ譲り合いが生まれる。
実にスムーズに皆が行動するのである。
船頭がブリッジに戻ってきた、それに続き当直員もブリッジに入ってきた。
僕は操舵席を当直員に譲り、さっさと昼食に行こうとすると、船頭から声が掛った。「お前、今日さつま何個作った?」と、僕は「40個くらいです」と答えると「飯食って後片付けしたら、ブリッジに来い」と言われた。
昼食を済ませ賄いの片づけをし、夕食の前準備をしてブリッジに行くと船頭と当直員の二人は「さつま刺し」の作業をしていた。
「嫌な予感がしたんだよなぁ」と思っていると「お前もさつま刺せ」と、船頭に言われたので、僕は船頭の横に座りさつま刺しを始めた。
半人前にも満たない僕は、先輩より極端に作業が遅いため居残り作業ということだ。
さつまを20個程刺すと、また左手の人差し指からは血が流れてきた。
しかし、先ほどのボースンから言われた「若いくせに痛がるな」を覚えていたので、痛みに耐えながら指から血が床に落ちても知らん顔でさつまを刺していた。
「痛い」なんて絶対に言うもんか!」と平然としていると、船頭に軽く頭をコズかれ「床が汚れるから、絆創膏はれ!」と怒られました。

ええっ!俺の手じゃなくて、床!?
血ぃ出てますけど!!

と思ったが、口には出さず言われる通り絆創膏を左手の人差し指に貼った。
おお!絆創膏っていいね!痛くないんだよね絆創膏貼ると!
延々とさつまを刺していくと、徐々に要領もつかめてきた、100個程ができたかなと思った頃、船頭に「飯作りに行って来い」と言われた。
時計を見ると17時を回っていた。
翌日も同じ作業をして、また居残り作業。
その次の日は「さきながし」のさつまを刺す作業、そしてまた居残り作業。
三日間同じ作業を続け、数百本のさつまを刺した。
すると左手人差し指のマメが潰れて血が出ていた箇所の皮が硬くなってきていた。
僕の手は漁師の手になりつつあった。
そんな毎日を繰り返し数日が過ぎた頃、船はすでに夏の気候を思わせる暑い海域に達していた。
海は素晴らしく穏やで、船は漁場を目指し進んでいた。

つづく

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