成長の海
グァム島から出港し、漁場までは5昼夜程度で到着する。
グァム島に入港し色々な人と会い過ごしている間、僕は得体の知れない違和感の様な感覚をずっと感じていた。
ジュリアと出会ったことで、その違和感に似た何かが明らかになった気がした。
“自分の中の日本人としての誇り”

当時の僕は、外国にいて現地の人たちと触れ合っている時、悔しさと情けなさとが入り混じった劣等感のような感覚が心の中にチラチラと見え隠れしていた。
しかし、幼い僕はその気持ちを整理する知識も経験も持ち得ていなかった。
グァムに入港した時、街で大勢の日本人観光客を見かけた。
当時の日本は、バブル景気の全盛期だった。
日本人観光客は、DutyFreeShopのブランドショップに大挙し行列を作り、ブランド品を買い漁っていた。


少し前に日本に来訪するアジア系観光客と同様に、日本人による爆買いが起こっていた。
そんな日本人観光客を、冷たい目で見ている現地人やショップのスタッフ。
その光景を、観光客でもなく現地人でもなく、現地で働く労働者として第三者的立場で見ている僕。
目の前には、フィリピン人船員のレンドンがいて黙々と漁具の整備をしていて、レンドンの向こう側で初老の日本人船員が作業をしていた。
彼ら日本人船員はグァム島入港した時、自分たちとは異なる人種、特に白人や黒人にとの接触を極端に嫌がった。
現地の白人や黒人が船に来て、船員に何かを聞いたりすると必ず僕を呼んで通訳をさせた。
僕も英語は喋れないが、カタコトの英単語と身振り手振りでコミュニケーションをしていると大体意思の疎通はとれた。
しかしそう言う時、「なんだ言葉も喋れねーのか」という感じの現地人がいて、彼らは必ず嫌味な笑顔を浮かべ馬鹿にした表情をしていた。
それに対して一所懸命、身振り手振りをしている自分に劣等感を感じた。
日本人同士なら、2言3言で済む簡単なコミニュケーションだった。
他の船員も、僕と同じ感覚を感じていたのだろう。
だから、船員達はグァム島での現地人と接することを避けていた。
僕も、この自分の中にある劣等感のような感覚がすごく嫌だった。
「同じ人間じゃ無いか」と思うように自分に言い聞かせ、僕はそれを克服しようと思った。
自分から進んで相手が白人であろうが体の大きな黒人であろうが、日本語と英語をミックスし身振り手振りを駆使してコミュニケーションを図った。
その反面「絶対、英語が喋れるようになりたい!」とも思った。
だがその逆に、僕の中にフィリピン人や東南アジア系人種に対しては、ある種の優越感があるのも間違いなかった。
当時の日本はバブル景気に沸き立ち、世界一の金持ちの国で超先進国を自負していた。
特に日本の経済力はアジア諸国の中では群を抜いていた。
そんな日本の対極にあるのが、フィリピンという国だった。
当時のフィリピンは、マルコス元大統領の独裁政治が続いており、世界最貧民国と言われ、世界の出稼ぎ国と揶揄される貧しい国だった。
「アジア諸国に対しては凛とし、逆に欧米に対してはひ弱で弱気な日本」
僕にとって日本は、そんな感じがしていた。
その気持ちは、徐々に僕の心の中で明らかになってきていき、フィリピン人船員と共に生活したり、グァム島に入港して白人や黒人や現地人と触れ合うことによって確信に変わって行った。
何よりも、目の前のフィリピン人船員が僕にそれを教えてくれた。
そしてジュリアの存在が、それを明確にしてくれた。
ジュリアのメッセージカードに書かれてあった“Jboy”という言葉に、
“日本人としての誇り”を感じた。
誇りの裏付けには、祖国日本に対する自分なりの理解が必要だと思った。
歴史認識や文化など、祖国の知識が必要だと。
だから知識を蓄えよう、今からでも遅くはないと思った。
その気持ちに比例してレンドンに対する尊敬の念が芽生えていて、
僕に彼と同じことができるか?”と、自分と彼を置き換えてみた。
僕には、彼と同じことは絶対に出来ないと思った。
家族の生活を支える為、自分の国に仕事が無いからとは言え、全く言葉が通じない、しかも未経験で過酷な労働を強いられる外国のマグロ漁船に僕は絶対に一人で乗れない。
そういう風に考えると「こいつ、すげぇな!」と、素直に彼を尊敬することができた。
それ以来、僕は少しでも英語の勉強になればと思い、字幕スーパーの入った洋画のビデオの字幕スーパーの部分をテープで隠し何度も繰り返し見た。
一度字幕ありで洋画を見て、ストーリーは把握した後に字幕スーパーの部分をテープで隠す。
一度みたストーリーなので内容は理解できた。
ストーリーに合わせ、俳優の置かれた状況における言葉のニュアンスを掴むことから始めようと思った。
覚えた英語をレンドンに使い、僕の英語が通じるのか?適切な言葉は使えているか?を試した。
すると彼は「そういう時は、こういう言い方のほうがいいよ」と教えてくれた。
そうしているうちに、彼との間に友情が芽生えていた。
数日後、操業が始まった。
レンドンにとっては、マグロ漁船に乗って2回目の航海となる。
前回乗っていたもう一人のフィリピン人船員は、労働力の低さと順応性の低さにより解雇にされ、替わりに別のフィリピン人船員が乗船して来た。
名前はエドワルド。ニックネームをエディーといい、19歳で当時の僕と同じ歳だった。
レンドンは、自分より年下のエディーの面倒を良く見た。
後輩が出来ると、人は成長する。
かつての僕がそうだったように。
レンドンは2航海目にして、ずいぶんと仕事っぷりが良くなってきた。
操業回数が進むにつれて、前の航海までは上手く出来なかった作業もスムーズに出来るようになっていた。
日本人とフィリピン人の混成チームのマグロ船は、徐々ではあるがチームワークが形成されてきていた。
レンドンも、ずいぶんと船に馴染んで来たし片言の日本語も話せるようになっていた。
特に僕とは歳が近かったこともあり、映画や音楽の趣味も合っていた。
船には毎日、日本からのFAXで「船舶新聞」が送信されてくる。
新聞と行っても、詳しい内容はほとんど書いていない。
記事は、事件や事故の見出しと概要だけ、それと相撲の勝敗表。
船位の位置の関係上、日本から送信する無線電波を捉え辛い場所の時は文字がにじんで見えないこともあった。
船舶新聞を見ていると、レンドンは日本で何が起こっているのか?に、興味を示した。
それと日本の雑誌の、見出しの部分に書かれてある文字を僕に聞いてきた。
「コレ?ナニ?」と指差し、記事の内容を聞いて来た。
それを僕は、うるおぼえの片言の英語でレンドンに伝える。
そうしているうちに、彼は日本語に僕は英語に慣れてきていた。
会話の中で、時折「ケイジ、オンナ、オ○ンコ、スキカ」と、
ニヤニヤしながら怪物君が教えた悪い日本語で冗談を言った。
操業中の投縄終了後と揚縄終了後、レンドンとエディーは必ず日本人船員達が全員入浴を済ませるのを待ってからお風呂に入った。
僕にとっては、新人の2人が最後に風呂に入ることは自然のことだったのでその時は気にも止めなかった。
操業が終わり、グァム島に向かう帰港中のことだった。
朝から漁具の整備の仕事をして正午に作業が終わり、船員達が順にシャワーを浴びたりお風呂に入ったりしている時だった。
僕はお風呂に入ろうと風呂場のドアを明けると、レンドンがシャワーを浴びていた。
僕は「Sorry!」と言って、慌ててドアを閉めた。
すると、それを見ていたある船員が僕の後ろで「フィリピンが先に風呂は行ったのか!?」と怒鳴った。
僕はその船員に対して「別に急がないから、いいよ」と言い、レンドンがシャワーを済ませるのを待つことにした。
するとその船員は、レンドンがシャワーを浴びている最中にも構わず風呂のドアを開けて「おい!お前、なに先に風呂は入ってんだ!」と、シャワーを浴びているレンドンに向かって叫んだ。
僕は「風呂に先に入ったくらいで、そんなに怒らなくてもいいじゃん」と思いながら、それを黙って見ていた。
怒鳴られたレンドンが急いで風呂場から出てきた。
彼の体にはまだ洗剤の泡が少し付いていた。
船員の怒りは収まらず、レンドンに向かって「お前が入った後は汚いんだよ!」と叫んだ。
さすがにそれは言い過ぎだし、言って良いことでは無いと思ったので「ねぇ、そこまで言わなくていいじゃん」と、その船員に諭すように言うと、今度は僕に「こいつらが入った後の風呂なんか、入れるか!」と食ってかかってきた。
そう言う人に何を言っても通用しないと思ったので「俺が言って聞かせるよ」と冷静に言うと、その船員はバツの悪そうな顔をしてシャワーも浴びずにその場からいなくなった。
僕とその船員とのやり取りを、いつもの探る目でレンドンは見ていた。
もちろんレンドンには、船員の言った全ての意味は理解できなかったと思う。
しかし頭の回転の早い彼は、船員が差別的なことを言っていることは理解していた。
レンドンは悲しげな目をして「ケイジ、ワタシ、sorry」と僕に言った。
僕は「No Problem」とだけ返した。
彼ら東南アジア系人種の肌は、僕ら日本人に比べて黒い。
そして、食文化や生活習慣の違いから体臭も違う。
その、視覚と臭覚の違和感が、我々日本人にとっては異質に感じてしまい、
その異質な感覚が人によっては「汚い」という感覚になると思った。
肌の色の違いによる違和感
当時の僕は、これは仕方が無いことかもしれないという思いもあった。
アメリカ映画で何度か人種差別問題をテーマにしたストーリーを見たことがある。
その映画を見た時、人種差別に対して嫌悪感と憎悪を感じた。
「人種差別は悪いこと」だというのは、子供でも理解できる。
しかし、実際自分が閉鎖的な環境で異なる人種と寝食を共にする生活をした時、肌の色の違いと体臭に対する違和感は、理屈ではなく感覚として直感的に心に響いてくる。
その違和感が直感的なため、人種差別は悪いこという冷静な判断ができなくなる。
正直、当初フィリピン人と生活を共にした時、僕にもこの感覚はあった。
人種差別は悪いこと言うのは、十分理解しているつもりでいた。
しかし、頭で理解していることと直接感覚で受けることは、随分と隔たりがあることを知った。
しかし、その感覚もレンドン達とコミュニケーションをし生活を共にする中で薄らいで行った。
だが、その感覚が完全に取れるまでは、少し時間が必要だったのも事実だった。
そして逆に、友として、その差別的な状況を受け入れているレンドンが腹立たしくもあった。
「もっとプライドを持て」と思った。
レンドンの立場では、言葉も通じない異国のマグロ漁船で生活をする上で受け入れるしかない状況だったと思う。
だが、その時の僕は、彼にそれを伝える英語力を持っていなかった。
唯一の解決策だと思ったことがある。
それは、彼が船員達から認められる一人前の漁師になること。
「こいつならできるだろう。俺がそうしてやる」と思った。
だから、僕はレンドンにできる限り仕事を教えた。
彼もそれを理解しているかのようだったし、何より仕事の出来不出来によって、彼らに支払われるサラリーに影響してくるので、レンドンにとっては仕事を覚えることは好都合だったし

逆に、彼は僕を少し成長させてくれる気がした。

船は前回と同じグァム島のコーマシャルポートに入港し、レンドン達ははグァム島からフィリピンに帰国した。
フィリピン人船員2人を下船させると、船はすぐに日本に向けグァム島を出港する。
船には、船頭と次回の水揚げについて打ち合わせするため、ウェリット社長が来ていた。
僕は、船頭との打ち合わせが終わったウェリット社長に「ジュリアに会うことがあったら、これを渡して欲しい」と言って、彼女への手紙を渡した。
ウェリット社長は「OK」と言い、ニヤリと笑い手紙を受け取った。
船は、日本までの食料と真水を積み込むとグァム島を後にした。

鹿児島入港
船はマグロを載せて、10日後に鹿児島県鹿児島市に入港した。
鹿児島に母親が来ていて、僕に「これ届いてたよ」とAIR MAILを手渡した。
送り主は、ジュリアだった。
僕は踊る心を表情に出さないように無愛想に「うん」と言いながらそれを受け取り、ポケットに入れた。
水揚げの準備や諸々の仕事が終わり自由時間が来た時、寝台に戻りAIR MAILを読んだ。
手紙は、“Dear keiji”から始まっていて、その後は日本語で書かれてあった。
ジュリアの日本語の文字は僕が書く文字より格段に達筆だった。
AIR MAILには、ジュリアの近況が色々と書かれてあり「日本のバンドにスターダストレビューというのがあるんだけど、あなたの趣味じゃないよね。“夜明けのリフ”という曲が好きなの、一度聞いてみて」と書かれてあり、最後に「また一緒に夕日が見れるといいな」 と書かれてあった。
僕は夕日に照らされる彼女の綺麗な横顔を思い出そうとしたが、思い出せなかった。
AIR MAILを読み終えて、幸せな気持ちに包まれたまま僕は航海の垢を落としに、鹿児島市の天文館に行きサウナに行った。
そしてまた長靴とジャージのままジョルジオ・アルマーニに行き、セットアップと靴を購入しジャージと長靴は捨ててもらった。
怪物君と一緒にパチンコをして焼肉を食べに行き、食べ終わった後に怪物君に「どうする?水揚げ3時からだけど、もう船に帰る?」と聞くと、怪物君は多くの人が行き交う天文館商店街のど真ん中を
「ソーープランド♪ ソーープランド♪ ヤホーーヤホーー♪」
とスキップをしだした。
僕は知らない人のフリをして、はしゃぐ怪物君から少し離れて歩いた。
彼は離れて歩く僕のそばに来て「ソープランド行こうぜ!!」と、丸太のような腕を僕の首に回し組んできた。
「俺、いいや」と断ると「じゃあ、ピンサロ?」と怪物君は聞き返した。

風俗or風俗じゃねーか。

「そういうことじゃなくて!俺、船に帰るよ」と僕がいうと「そうか!じゃあ俺一人で行ってくる!」と、凶暴な熊のプーさんのような笑顔で言って怪物君は人混みの中に消えて行った。
船に戻る途中、CDショップに寄りジュリアが手紙に書いてあったスターダスト・レビューの曲を探し購入した。
船に戻り、早速CDをプレイヤーにセットをして聞いた。
透き通ったメロディーが、彼女にぴったりの曲だなと思った。

曲を聞いてると、突然彼女の顔が脳裏に浮かんできて幸せな気分になれた。
鹿児島での水揚げは、グァム島と違いスムーズに進んだ。
水揚げ高は2600万円で、予想した以上に良い水揚げ高だった。
水揚げの片付けをして市場の風呂に怪物君と二人で行った時、怪物君の背中を見たが爪の跡は無かった。
二人で湯船に浸かっている時「船では聞かなかったけどさ。
あのグァムでお前を船に迎えに来てた姉ちゃん、ベッピンだったなぁ!」と、
突然怪物くんはジュリアのことを言い出した。
僕は素っ気なく「ああ」と答えた。
「あのネエちゃんとやったのか?」と、全くデリカシーの欠片もない事を聞いてきたので
「先輩だけど、ぶん殴っていい?」と僕が言うと
「そんなに怒るなよ、ガハハハハ」と笑った。
その後、怪物君の洋服を買いに天文館の商店街の中にある衣料量販店に行った。
いろいろと試着をさせてみるが、大胸筋が異常に発達していて胸板が分厚のと腕も異常に太く肩の僧帽筋が盛り上がっているため、着丈の合った洋服を着せると首から胸にかけての部分がピチピチになる。
身幅に合った洋服を着せると、背が低いため女性用のワーンピースみたいになる。
何を着せても、似合う服がなかった。
僕は色々試着をしている怪物君を面白がりながら見ていたが、優柔不断な怪物君はなかなか洋服を選ぶことが出来ないでいた。
僕は怪物君を待つに飽きてきたので、女性店員に声を掛けた。
「俺に合う服、選んでもらえる?」
すると、店員さんはすごくカッコいい洋服を何着か選んで持ってきた。
僕は彼女と談笑を楽しみながら、何着か試着した後、その中から2着を買った。
僕が「買っても着る機会ないんだよな。明日船で出港するから」と言うと、
彼女は「今夜、近く公園でイベントがあるよ。買った洋服着て行ったらどうですか」と
僕に言った。
「一人で行っても面白くないよ」と僕が言うと「あの人と一緒に行けば?」と、怪物君を指差た。
僕は「ああ、あの人ソープランドで忙しいから」と答えると、その娘は声を出して笑った。
「君、今夜空いてないの?」と聞くと「空いてますけど」と彼女。
「じゃあ、君が一緒に行ってよ」と言うと「んー」少し考える素振りしたあと、
「いいですよ」と笑顔で答えた。
「決まり!仕事何時終わり?」と聞くと「20時30分にはお店を出れます」
「じゃあ、その時間にこの店の前で待ち合わせよ」
「強引なナンパだなぁ」とその娘は笑って言った。
「イベント楽しもうよ!」と僕が言うと「わかった、いいよ」と微笑んだ。
名前を聞くと「ユウコ」と答えた。
そこに、ダブダブの真っ赤なアロハシャツと、
これまたダブダブの白いデニムにサンダルを履いた怪物君が現れた。


センスの欠片もないコーディネート。
僕は笑いをこらえながら「かっこいい!」と、とりあえず褒めた。
すると「あたりまえよ!」と怪物君は言って、肩で風を切って店を出た。
どこからどう見ても70年代のヤクザ映画に出てくるチンピラ役にしか見えない。
店を出て少し歩きながら「これからどうするの?」と、怪物君に聞くと。
怪物君は嬉しそうな顔で「ニャハッ」と声に出して笑い、上目遣いに僕を見て「女と待ち合わせ」と言って少し離れた交差点を指差した。
指の先を見ると、遠目から見ても超ケバいとわかるピンク色の上下のスーツを着た太った女の人が立っていた。
なんかピン子っぽい。
ピン子は怪物君を見つけると「会いたかったぁ」と言って駆け寄り、怪物君に抱きついた。
僕は「ああ、この人昨夜のソープの人ね」と思ったが、敢えて言わなかった。
怪物君は「まぁ、こういうことだ!服買うの付き合ってもらって悪いな!」と言い、僕の顔も見ずにピン子と腕を組んで僕の前を歩き出した。
ソープランドに同伴出勤か。
と思いながら、僕は満足そうな怪物君の背中を見送った。
ユウコとの待ち合わせまで、まだ時間があった。
サウナに行って汗を流して買ったばかりのジャケットに着替え、パチンコ屋に行き時間を潰した。
待ち合わせの時間になったので待合わせ場所に行くと、ユウコは既にそこにいた。
イベントに行くと、音楽イベントとお祭りが合体した様な感じで、たくさんの人と出店が出ていた。
ステージの方から流れてくる音楽を聴きながら、ビール片手に二人で色々と食べ歩きをしてとても楽しかった。
少し酔ったユウコに「今夜、家に行っていいか?」と聞くと、彼女は「うん」と言った。
その夜、ユウコの部屋に泊まった。
翌日、お昼前に船に戻ると船は既に出港の準備は整っていて、僕が船に乗り込むとすぐに出港した。
その日の夜の当直の時、目の前に広がる暗い海を見ていると、ザワザワと複雑な気持ちが込みあげて来る。
無性に彼女に会いたいと思った。

つづく

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