出会いの島

次の航海に出るまで、船頭が海上保安庁の取調べなどを受ける必要があったため、
船は約1ヶ月の休養を余儀なくされた。
休業の間、3人は他船に移っていった。
船乗りは験(げん)を担ぐ。
事故を起こしてしまった船は忌み嫌われ、なかなか船員が集まらない。
それが死亡事故ともなれば、尚更のことだ。
“板子一枚、地獄の底”
抗うことのできない大自然で、すがることも頼る場所もない大海原が職場。
何か事が起これば、残された者達は祈るしかできない。
前時代的と言われるかもしれないが、愛する者達が危機に瀕している時
神にすがり祈るしかないのだ。
僕を含む、残った船員は4名。
59トン型のマグロはえ縄漁船で航海をするには、最低でも8人の船員が必要だ。
7人で出漁する船もあるが、船員1人に掛る負担は相当なものになる。
仲間の死に直面し、改めて命の尊さと儚さを思い知った。
しかし、悲しんでばかりはいられないことも事実だった。
漁に出ない漁師は、無職と同じだ。
それに前を向かなければ、生きて行けない。
船に船頭の兄弟で、僕の叔父である2人が乗船する事になった。
一人の叔父は船頭の兄で、すでに40歳を超えていた為、飯炊き専門として乗船した。
残りの船員は、当時では珍しかった外国人船員で補うことになった。
フィリピンからの、出稼ぎ船員である。
上原さんの四十九日法要を済ませ、フィリピン人船員を乗船させるためグァム島へ向けて航海に出た。
乗船してきたフィリピン人船員は2名。
一人は1航海で辞めたため、名前は覚えていない。
もう一人は、氏名:サスピノサ・レンドン、年齢:21歳、既婚。


彼が乗船してきた時、まず驚いたのは日本語が全くできなかったことだった。
「はい」や「いいえ」という、簡単な日本語さえ理解できなかった。
彼はフィリピンの母国語であるタガログ語と、第二母国語である英語を話した。
彼の話す英語は、フィリピン訛りが非常に強かった。
もちろん言葉のわからない外国人だからといえ、仕事が軽減されれるわけではないし仕事の厳しさが変わるわけでもない。
レンドンは頭の回転が早く利口で、その場の空気が読める敏感な感覚を持っていた。
怒られた時はなぜ怒られたのか?褒められた時はなぜ褒められたのか?を感覚で覚え、船内での日本人の生活様式に一生懸命馴染もうとした。
そんな彼を、まだ若く幼稚だった僕はどこかバカにしていた。
言葉が理解できない彼らを、無視する事もあった。
日本語も喋れずに何故日本の船に乗るのかが、僕には全く理解できなかった。
レンドンが信仰している宗教はキリスト教のカトリックで、危険だと思った作業をする時、彼はいつも胸の前で十字を切る仕草をした。
そんな仕草を目の当たりにすると、僕には無い感覚だったので違和感を感じざるを得なかった。
操業が始まると、言葉の壁は顕著になった。
仕事を教えたくても、言葉が通じない。
日本人船員達にはそれがジレンマとなり、いつしかストレス変わっていった。
操業が進むにつれ、レンドン達は度々怒鳴らた。
言葉が通じないため、危険なことや間違ったことなどを怒ることでしか教えることができないのだ。
そんな時、もう一人は明らかに敵意ある表情で怒鳴った人を睨みつけるが、レンドンは不思議そうな目で観察するように相手を見ることが多かった。
そのレンドンの眼差しは、相手をバカにしているように僕には写った。
漁場を移動する「適水(休業)」の日。
眠っている僕を、兄が「ワッチ(当直)だ」と起こした。
そして「次のワッチはどっちかのフィリピン人を起こせよ」と僕に言った。
僕はワッチが終わった後、レンドンの寝台に行き彼を起こした。
ワッチ交代の時は、次のワッチがブリッジにくるまで前の船員はブリッジを離れることはできない。
僕は、レンドンが交代に来るのを待った。
彼はブリッジに入って来て「コウタイ!(交代)」と言って、僕に真っ白い歯を見せて笑った。
少し日本語を覚えたようだ。
僕は使っていたポータブルCDプレイヤーとCDを持ち、操舵席をレンドンに譲ろうと立ち上がると、レンドンは僕の持っているポータブルCDプレイヤーとCDを興味津々に見ていた。
「ん?これ知ってるのか?」と、僕はCDを見せながら日本語で聞いた。
すると「BON JOVI サイコウ!」と、世界的に人気があったアメリカのロックバンド「ボンジョビ」のCDを指さして言った。
僕は「聞くか?」と日本語で言い、レンドンにCDプレイヤーを差し出した。
彼は、ポータブルCDプレイヤーを初めて見たようだった。
ポータブルCDプレイヤーをレンドンに手渡すと、それをマジマジと見ながら「Small(スモール)」とつぶやいた。
彼はヘッドフォンを耳に当て、プレイボタンを押した。
ヘッドフォンからBON JOVIの「Livin’OnAPrayer」の音が漏れた。

ヘッドフォンをしているからだろう、普段より大きな声で「サイコウ!!!」と笑って言った。
彼はワッチをする操舵席に座り、体を揺らしながらリズムを取り踊るような仕草をしていた。
その様子が可笑しかった僕は、彼を見て笑った。
笑っている僕を見たレンドンは、僕の笑顔を見て笑った。
僕は寝台に戻り、ビデオを見ていた。
2時間が過ぎた頃、レンドンがCDプレイヤーを返しに僕の寝台にやってきた。
プレイヤーを僕に渡し「アリガトウ」と言った。
それ以来、少しだけ僕はレンドンに親近感を覚え、僕は僕なりに彼を理解しようとし始めていた。
そんな時、ある事に気がついた。
彼は、一度怒られた事は二度としない。
そして、彼が怒られたときに見せる相手を観察するような眼差しは、何に対して怒られたのか?を理解しようとしていることに気がついた。
言葉がわからなくても、相手の表情や表現である程度相手の感情は理解できる。
彼は相手の表情や表現の変化を観察することで、やって良い事なのか悪い事なのかを理解しようとしていた。
操業が10回を過ぎた頃、頭が良く物覚えが良い彼はサメの殺し方もかなりサマになっていた。
生きたサメが上がると、僕は親指を立て喉を搔き切る仕草を彼にした。

“殺せ”の合図だ。
レンドンに合図をすると、レンドンは躊躇なくサメを殺した。
彼が日本語を理解できれば、どれだけ早く仕事を覚えることだろうとつくづく思った。
操業が最終回を迎える頃には、どこか漁師の風貌さえ漂うようになっており、日本語の「あれ」と「これ」の違いや、ある程度意思の疎通が出来るようになっていた。
船が、操業を終え帰港中となりグァム島に向かい針路を取っていたある日のこと。
仕事をしている最中に、レンドンが小さい声で僕に話しかけてきた。
「ケイジ、ワタシコレ?ツギ?」と、親指を立てて首をかき切る仕草をした。
「私はクビですか?」と、僕に聞いてきたのだ。
僕は日本語で「私、わからない。船頭決める」と答えた。
レンドンは「ハイ」と言って、うつむいた。
その日の夜のワッチの時に、ワッチをしている僕の後ろを船頭が通りかかったので聞いてみた。
「船頭、レンドンは次の航海には乗せるの?」と。
すると船頭は「もう一人は使い物にならないが、アイツは結構使えるんじゃないか?お前どう思う」と僕に聞き返してきた。
レンドンの利点は“素直さ”だ。
素直が故、順応性が非常に高い。
言い換えれば、単純ということになるのだが・・・・。
「あいつは、使えるんじゃないですか。指示にも素直に従うし」と僕は答えた。
すると船頭は「そうか、お前もそう思うか」と頷きながら言った。
「ところで」と船頭が話を続けた。
「日本の水産物の商社から、グァム島で水揚げをしないかと言う依頼が来てるんだが、お前どう思う?」と聞かれた。
「グァム島で水揚げできるの!?」と驚いて聞いた。
聞くと、グァム島に支店を置く日系の商社がマグロを買取、それを日本に空輸して日本の市場に卸すらしい。
僕は「面白い!」と思った。
当時、僕の実家が経営し僕が乗るマグロ船は不振が続いていた。
2航海連続赤字が続いた上、死者を出す事故による出港停止状態が長く続いたことが大きく影響していた。
「グァムに水揚げをして入港期間3〜4日で出港する。2航海の操業をして日本に帰港するというのはどうだ?」と、船頭は僕に聞いた。
僕は「航海の日数的には、今までと変わりないから問題ないと思うけど。問題は船員の外国での慣れない習慣とか、精神面での負担とかですね」と率直に言った。
続いて「でも面白いから、一度試しにやってみたらどうですか?」と言った。
船頭は「そうか、やってみるか」と言った。
翌日、そのことが全船員に告げられた時、船員の反応は冷ややかだった。
日本という島国に生まれ、海外の国との関わりをほとんど持たない彼らの心中は察するに余った。
船頭と兄がいないところで、僕に不満を漏らした。
しかし唯一、喜んでいる人がいた。
怪物君である。
彼の喜ぶ理由は唯一「外人とやれる!!」
当時、HIV感染症(エイズ)はあまり知られていなかった頃だった。
僕は、HIV感染症の記事が載っている雑誌を怪物君に見せながら、内容を5倍くらいに盛って怪物君を脅した。
船員の不安と不満は、グァム島に近づくにつれて増しているように見えた。
僕や兄に愚痴をこぼす回数が増えていた。
そこで、僕は兄と船頭に提案をしみた。
日本の港に入港する際、入港金(何に使っても良いお金)5万と仕込み金(個人的な物品購入費)5万の合計10万円を、1.5倍の15万円にしサメのヒレ等を売った副収入に関しては、船頭は分配対象とせず船員で均等に分配するという案だ。
兄と船頭は金額が高いとはじめ難色を示したが、船の士気の低さは仕事の質の低下に著しく影響を及ぼすし、航海日数が少なくなったと言うことは経費のコストカットができているはず。
コストカットできた経費を船員に分配するという考え方に変え、船員の士気を維持することの重要性を僕は説いた。
すると、まず兄がその案に同意をした。
同意した兄に続いて船頭が「まあいい、お前の好きにしろ」と言って船頭も同意をした。
数日後、船はグァム島に入港した。
亜熱帯地域特有の湿度が高く重い空気と容赦なく照りつける太陽、タイヤが焼けたような臭いと南国特有のノンビリとした雰囲気。
グァム島の港には商社の現地スタッフと、日本語通訳兼コーディネーターの韓国人のキムさんが出迎えに来ていた。
検疫と税関検査を受け、上陸許可が下りた。
接岸した場所は、グァム島のコマーシャルポートと言う場所だった。

おそらくこのあたり

港の向かい側には米国海軍基地があり、時折基地側から吹いてくる湿った風にのって油の臭いがした。
上陸許可が降りた船員達は、コマーシャルポート内の巨大な倉庫の中にある日系商社の事務所に招かれた。
そこで、簡単な歓迎セレモニーが開かれた。
商社のグァム支社長は、日系2世の小柄なデビット・イシマル(石丸)と言った。
自己紹介の時に「ディェイヴィット・イシマルです。どうぞよろしく」と、流暢な英語と日本語が混ざった感じで挨拶をした。
僕には「ディェイヴィット」が「デビット」と聞き取れず「ウェリット」に聞こえたので、それ以来僕は彼のことを「ウェリット社長」と呼んだ。
ウェリット社長が「貴方達は、グァムに新しいビジネスをもたらすパイオニアです。それを歓迎して今夜行われるグァム総領事主催のパーティーがあります。今夜は私と一緒に出席しましょう!」と、えらいテンションの高さで言ったが、それを聞いた船員達のテンションは地に着く程低かった。
その船員達のテンションを低さと違和感を察知した船頭が突然
「船を代表してぇ~、こいつーが一人で出席しまぁぁす~」と、何故か英語なまりの日本語で僕を指さした。
僕は思わず「えぇっ!!」と声を上げたが
テンションの上がりまくっているウェリット社長は「Oh!あなた船頭さんの息子さんね!よろしくね!」と、僕にハグをしてきた。

アメリカ的なコミュニケーションに慣れてない僕は、少し焦った。
しかし行かない理由も見つからないし、パーティーと言う言葉の響きに興味があった。それに船員と一緒では無く一人でというのが、何よりも気楽でよかった。
それに「まあ、行っても挨拶だけして帰ればいんだろ」と思い、パーティーに行くことにした。
夕方、僕はデニムに白いTシャツを着て、船尾でウェリット社長を待った。
少しすると黒く大きな車が船の横に着き、その車でパーティー会場であるグァム総領事館の邸宅まで送ってもらった。
邸宅は小高い丘の上にあって、豪邸だった。
パーティーはアメリカの映画でよく見る、立食式のホームパーティーでもちろん様々な人種の人達がいて、軽快なBGMが流れていた。

「おお!なんか映画みたい!」と思い、少しテンションが上がった。
総領事長らしいスラッと背の高い白人が、グラスをフォークで“チンチン”と鳴らし、パーティー出席者が彼に目を向けた。
どうやらパーティー開会の言葉的な挨拶をしているみたいだが、英語なので僕はさっぱりわからない。
その挨拶が終わり、ウェリット社長がパーティー参加者に僕を紹介した。
これまた、英語なので何を言っているのかさっぱりわからない。
パーティーの出席者何人かが僕に話しかけてきたが、何を言っているのかわからないので笑顔で会釈をするだけの僕。
そのうち、僕が英語が喋れないことを察したのか誰も話しかけてこなくなった。
一人ポツンとソファに腰をおろし、目の前で談笑するパーティーに参加した人達を眺めていた。
白人や黒人、現地のブラウンの肌をした人、いろんな肌の色をした人達が参加していて、その人達を眺めながら「アメリカって色んな人種の人がいるんだなぁ。マジ、映画みてぇだな」と思っていると、不意に「お腹すいてないの?」と日本語で話し掛けれられた。
声のする方を見ると、白髪でとても上品そうな日系人の顔をした女性が立っていた。
「あの、日本の方ですか?」と、僕はその人に聞き返した。
するとその人は、「そうよ、私は日本人よ。沖縄生まれの沖縄育ち」と日本語で答えた。
その人は「主人を紹介するわ、その後食事を運んであげる」と言いご主人を連れてきた。
さっきパーティーの開催の挨拶をした白人の男性で、やっぱりその人が総領事長だった。
改めて近くで見ると、総領事長は気品のある顔立ちをしていて紳士然とした人だった。
「総領事長の奥さんは日本人か」と、少し誇らしく感心した。
「ここはうるさくてのんびりお食事できないでしょ。プールサイドは涼しくてゆっくりお食事できるわよ、プールサイドにお食事を運んであげるわ」と、僕を中庭にあるプールのプールサイドに案内してくれた。

プールサイドにはパラソルとテーブルとイスが何脚かあり、僕はその中の一つに腰を降ろした。
奥さんが食事を運んで来てくれた。
僕が「ありがとうございます」とお礼を言うと「ごゆっくり」と言って、微笑み会釈をしあと奥さんはパーティーの中に姿を消した。
僕は運ばれてきた食事食べた後、タバコに火をつけてまん丸く夜をてらしている満月を眺めていた。
プールの中に光る電灯があり、時折吹いてくる風にプールに張られた水面をキラキラと揺らしていて、とても綺麗だった。
昼間の照りつける太陽は去り、太平洋から吹き上げてくる潮の香りが混ざった夜風はとても心地よかった。
僕は、タバコをくわえたまま夜空を見上げた。
夜空には満月が見えていて、海の上にに比べると星はあまり見えなかった。
タバコをくゆらせながらグァム島を眺めている僕に突然「ごきげんよう!」と、後ろから日本語で女性が声を掛けた。
振り返るとそこには金色のロングヘアで少し日焼けした肌、ハッキリとした均整のとれた顔で、スラリと背の高い女性が立っていた。

僕は、ひと時その人に見とれてしまった。
「こんな綺麗な人、世の中にいるんだ・・・」と、心でつぶやいていた。
その人は「ごきげんようじゃないわね、こんばんはね」と言って笑った。
僕は「そうだね」と言うのがやっとだった。
彼女は「私、ジュリア。よろしく」と言って、握手をする仕草で右手を差し出した。
僕は「ケイジ。よろしく」と言って、握手を交わした。
その人の手は、柔らかくて少し暖かかった。
ジュリアは僕の左斜め前のプールサイドに腰をおろし、足だけをプールの水に浸していた。
「パーティー、楽しくないの?」と、プールを見つめたまま僕に聞いた。
「俺、英語喋れないから」と僕が答えると「そうなんだ、じゃあ楽しめないよね。英語、覚えなきゃだね!」と、僕を振り返り微笑みながら言った。
ジュリアはプールに浸した足をゆっくりと動かしている。
その足の動きでプールには波紋ができ、プールを照らしている明かりが波紋に反射してジュリアの綺麗な横顔に映っていてキラキラと輝いていた。
僕は輝く彼女の横顔に見とれながら「大人っぽい人だなぁ」と思った。
「君、何歳なの?」と、僕はジュリアに聞いた。
「23歳だよ」とジュリアは答えた。
“やっぱり年上か”と思った。
「綺麗だね」とつい本音が口をついて出た。
言った自分が驚いていた。
ジュリアは僕に向かって振り向き笑いながら「Thanks」と言ってウィンクをした。
彼女は「ねぇ、足を水につけると気持ちいいよ」と僕に言った。
僕はジュリアに言われるままに、彼女の横に腰を下ろしプールに足をつけた。
確かに気持ちがいい。
「今日入港した漁船の人なんでしょ。あなた、何歳なの?」とジュリア。
「俺、19歳。」
「へぇ!19歳なの!大学に行こうと思わなかったの?」
「高校を卒業したら、船に乗るって決めてたから」とプールを見つめたまま言った。
ジュリアが綺麗すぎて、彼女の顔を見ることができなかった。
僕の顔を、ジュリアが見つめているのがわかった。
僕はジュリアを見て「ん?」と言った。
「決めてたって、あなたまだ19歳だよね。いつから決めてたの?」と、不思議だという感じで僕に聞いた。
「覚えてない。子供頃、親父(オヤジ)カッコいいなぁって思った時だと思う」と答えると。
「決めてたからって、なりたいものになれるものなの?」と、また僕に聞いた。
僕には、その問い掛けが不思議でならなかった。
そういう風に、自分を考えた事が無かった。
「よくわかんないけど。なれるって思ってたし。そういう家に産まれたから」と僕が言うと「それ、すごい事だと思うよ」と彼女は言った。
僕はなんとなくだが、ジュリアのその言葉がすごく嬉しかった。
「ごめんなさい、嘘ついてた。私、19歳。あなたと同じ歳よ」と言って、彼女は声を出して笑った。
笑っている彼女の顔を見ると、確かに幼さが残っているように思えたが綺麗さは揺るぎなかった。
「ねえ、グアム島は初めて?」とジュリア。
「うん、初めてだよ」と僕は答えた。
「じゃあ、仕事だけじゃなく遊んだりもしなきゃ!船はどこにあるの?」
「コマーシャルポートってところにある」
「遠い!あの辺り、何もないでしょ!」
確かに車でくる途中、海と基地らしい建物しか見えなかったなと思った。
「英語覚えたくない?」と、ジュリアは聞いた。
中学生の時、矢沢永吉のRockに出会い、その後ビートルズやローリングストーンズ、クリームやブルース・スプリングスティーン等を聞き漁った。
その頃から「英語の歌詞がわかったら、もっと楽しいだろうな」と思っていた。
「覚えたいよ。歌の歌詞がわかるとすごく楽しいだろうなって思う」と僕が答えると
「私が英語教えてあげる!そのかわり、あなたは私に日本の事を教えて」と彼女は言った。
「君は十分日本語が上手だよ、僕より綺麗な日本語を喋ってる」と僕が言うと。
「確かにあなたの日本語は、ちょっとアクセントが変だよね」と笑いながら言って「言葉じゃないの。日本の習慣とか日本人の考え方とかが知りたいの。私、半分日本人だし日本の文化に凄く興味があるの」と言った。
その時、ジュリアがハーフであることを知った。
こんな綺麗な人と友達になれるのなら、断る理由などどこにもない。
「いいよ」と、僕は二つ返事で答えた。
「うん。よろしくね!」と、彼女はまた右手を差し出した。
僕が握手をしようと、彼女の右手を握ると
「はぁ~、ダメね」と、ため息交じりに言い僕を睨むような顔で
「あのね、こう言うときはね。そっと手にキスするものよ」と言ったあと、微笑んだ。
“照れ臭い!”と思い、ジュリアの柔らかな手を離して「んなこと、できないよ」と僕が言うと「照れなくていいんだよ」と彼女は微笑みながら言った。
二人でプールサイドに腰掛け、僕の子供の頃のことや父や兄や家族の事。
ジュリアはアメリカ人と日本人のハーフで、ここの家の娘であること。
さっき僕をプールサイドに案内してくれた人がお母さんで総領事長がお父さんであること。
子供の頃、東京に3年位住んだことがあることや、今はグァムの大学に行っている事。
時間が経つのも忘れて、夢中になって話した。
どのくらい時が経ったのだろう。
話をしているうちに、彼女に対する僕の心の壁のようなものはいつしか無くなっていた。
すると「ケイジさん、ディヴィットさんがそろそろお帰りになるそうよ」と、二人の会話を遮った。
振り返るとジュリアのお母さんが立っていた。
僕は「はい」と答えて、立ちあがるとジュリアもそれに続いた。
玄関先に行くと、ジュリアのお父さんである総領事長やパーティーに参加した人達が僕を見送りに出ていた。
ウェリット社長の車に乗り込もうとした時、ジュリアが「みんなに、お礼の挨拶して」と僕に言った。
英語が喋れない僕が戸惑っていると「日本語でいいの」とジュリアは言った。
僕は大きく手を広げて日本語で「本日は、素敵なパーティーにお招き頂きありがとうございました!」と大きな声で言うと、ジュリアが僕のゼスチャーを真似ながらそれを通訳してくれた。
見送りの人達から僕に、拍手と笑いが起こった。
僕が車に乗り込もうとした時「明日、学校が終わったら船に迎えにいく」と、ジュリアは僕に耳打ちをした。
僕は「うん」と言ったが、何時にどこで等と細かい事は約束せず車のドアを閉じた。
帰りの車の中で、車窓から流れるオレンジ色の街頭と暗い海を眺めていた。
ジュリアの笑顔が瞼の裏側に焼き付いていて離れない。
それを察したのか「彼女、いい子でしょ。すごく人気があるんだよ」と、ウェリット社長が言った。
「綺麗ですよね。人気があるのはわかる気がします」と僕が答えると
「でもね、一つ君に忠告しておこう。現地の女の子に手を出すなよ。手を出すなら、それなりの覚悟が必要だよ」と、それまで笑顔で話してたウェリット社長は真面目な顔をして僕に言った。
僕は「わかりました」と答え、また外を見た。
船に戻ると、船内は静まりかえっていた。水揚げを2時に控えているため、みんな寝ているようだ。
僕はシャワーを浴びた。
入港時、清水は使い放題だ。
無くなれば、補給すれば良い。
シャワーを浴び終えると、寝台に入り目を閉じた。
すでにジュリアのことで頭の中は一杯で、目を閉じると彼女の笑顔が浮かんでくる。
一目惚れってやつか・・・。ため息がでた。
疲れていたのか、その後眠りに落ちた。
1時30分、水揚げスタンバイのベルで目覚めた。
グアム島で初めての水揚げが始まった。
船からマグロを巻き上げるために、陸にはクレーン車が用意されていていて、短尺状になったマグロがクレーンで巻き上げられていく。

船からクレーンで巻きあげられたマグロは、氷を張った海水が入っている巨大な桶に移され、その桶をフォークリフトで倉庫内に運ぶ。
倉庫の中では一本一本マグロの重さが図られ、マグロの大きさに応じた段ボール箱に納められていく。日本との水揚げの方法が違ったのと、現地スタッフは初めて水揚げの作業をする人がほとんどだったこともあり、水揚げにはすごく時間がかかった。
水揚げが終わった時、時計はすでに10時を廻っていた。
日本での水揚げは、大体約4時間で終わる。
その時は、通常の倍以上の時間を要した。
夜が明け切ると太陽は容赦なく照りつけていて、魚倉の掃除をして片付け等の全ての作業が終わると、時計は12時を過ぎていた。
片付けが終わると、船頭から船員達にに入港金と仕込み金合わせて$1,000が船員に支給された。
当時の円に換算すると約16万になる。
僕は「$紙幣って、子供銀行のお金みたいだ」と思った。
コマーシャルポートからグァムの繁華街までは車で30分程かかる。
仕込みに行くため、コーディネーター兼通訳としてキムさんが付き添ってくれることになった。
キムさんのライトバンに乗り込み、船員と一緒に仕込みに行った。
「ギブソンズ」というスーパーマーケットに着き、1時間半後にキムさんのライトバンを駐車した場所で待ち合わせになり、船員達は各自が自由にギブソンズで買い物をした。
僕は兄と怪物君と三人で仕込みの買い出しをしていて、CD売り場を見つけた。
もちろんCDのタイトルは全て英語で書かれているため、良くわからない。
BEST HIT書かれたタイトルに、バンド名等が書かれているが読めたのは「STING」くらいだった。
CD一枚の値段は$12くらいで、僕は「物は試し」と、BEST HITのNo.1~10までの10枚とジャケットがカッコ良くて気になった一枚を買った。
その他、食料や衣類を買い込み、仕込みの買出しを済ませて船に戻った。
船に戻ってもすることが無く、前日からあまり寝てなかったこともあり寝台で横になるとすぐに眠りに落ちた。
眠っていると「ケイジ。フレンド、アル」とレンドンが僕を起こした。
「フレンド??」と僕が聞き返すと、レンドンは「ハイ」と答えた。
寝ぼけた感じで外に出てみると、白いピックアップトラックの横にサングラスをかけたジュリアが立っていた。


ジュリアは僕を見つけると「Hi!」と言って、僕に向かって手を振った。
「ほんとに来たのか!?」と僕が聞くと、僕を指差し「そう言うの良くない、約束したよ!」と、彼女は少し怒った顔で言った。
「ちょっと待ってて、用意してくる」と言って、急いで僕は船員室に戻りTシャツとジーンズに着替えた。
昨夜の夜より、昼間に見るジュリアは綺麗だった。
気分が高まった。
階段を駆け上がり船尾甲板でると、レンドンと怪物君がいて、怪物君がレンドンに悪い日本語を教えていた。
怪物君は自分の股間のあたりを指差しながら「オンナ。ココ。オ○○コ。」とレンドンに教えていて、レンドンはニヤニヤした顔で同じところを指差しながら「ココ。オ○○コ」と、怪物君が教える日本語を復唱していた。
最低な奴らだ。
怪物君はレンドンが復唱すると「ギャハハハ」と笑っている。
お前がギャハハハだわ。
二人に向かって「俺、友達と遊びに行ってくる」と言うと「あの美人、誰だ!?」と怪物くんが僕に聞いた。
「昨日知り合った友達だよ」と言いながら、僕は船から飛び降りた。
二人には目を向けず、ジュリアの車に向かって歩いてくと「この、スケコマシ!」と、背後から怪物君の罵声が聞こえたが完全に無視した。
車まで来た僕に「乗って」と言って、ジュリアは車の運転席に乗り込んだ。
車内はすごく良い香りしていた。
ジュリアは「夕暮れまでには、もう少し時間があるから。ちょっとドライブしよう」と言って車を発進させた。
僕は、不思議でならなかった
僕は改めて「本当に来たんだね。でも、なんで?」と聞いた。
僕はただのFishermanで、彼女は道を歩けば誰もが振り返るほど容姿端麗。
パーフェクトな美人だ。
どこから見ても、俺とは釣り合いが取れないだろうと思っていた。
質問した僕に対してジュリアは「なんでだろうね?」と、質問に質問で返して誤摩化したので僕はそれ以上は聞くのをやめた。
車は小高い丘を上りジャングルを切り開いたような道を進み、いきなりジャングルの道から海岸線出て、凹凸のある曲がりくねった道を進んで行った。
道の途中の所々に、民家らしい10戸程度の集落が点在していた。
ジュリアは鼻歌を歌いながら車を走らせ続け、ほどなくして海岸沿いの小さな駐車場に車を止め「着いたよ」と僕に言って、ジュリアは車のドアを開けて降りたので僕もそれに続いた。
車から降りると、とても穏やかで涼しい風が吹いていた。
駐車場から十メートル程歩いた先に、小さな砂浜があった。
太陽は、それまで照らし続けた自身を祝福するかのように海を真っ赤に染め水平線に沈み行こうとしていた。
小さな砂浜に降る階段に着くと「座ろう」と、ジュリアは僕に言った。
僕は「うん」と言って、ジュリアに並んで座った。
タバコに火を付けて、沈む行く夕日を眺めていた。

“こんな穏やかで素敵な夕日を見たの、何年振りだろう?”と思った。
エンジン音のしない海は不思議な感じで、さざ波と緩やかな風の音以外何も聞こえない。
昨夜、プールサイドでジュリアと語り合った時、ジュリアは僕に聞いた。
「海、好きなの?」
僕は素直に「好きだ」と答えられなかった。
「どうだろう?職場だから」と、笑って誤摩化した。
物心ついたときから、海は僕にとって職場に等しかった。
祖父に連れられ漁に出る、海を見る時には無意識に潮目を読む癖がついていて「今日は潮が悪いから良い漁はできないな」などを考えるようになっていて、海で遊んだ記憶は小学校に入学する前、近所のお兄ちゃん達に連れられて行った浜辺で遊んだ記憶しかない。
海に囲まれて育ったのに。
沈み行く夕日が欠片になり、辺りに夜の帳が下り始めた頃
「ねぇ、静かな海を思い出した?」と、彼女は僕に聞いた。
僕は海を見つめたまま「ああ、思い出したよ」と答えた。
「さっき聞いたよね。なんで俺かって」と彼女。
僕は、また「ああ」と答えた。
「あなたと話したときに感じたの、なんか海みたいな人だなって。包み込まれそうだなって。そういう感じがしたの」と彼女は言い「穏やかなときはこんなに優しいの」と海を指差しながら言った。
そういう風に、僕のことを表現する人と出会ったのは生まれて初めてだった。
僕の心に、恥ずかしさと嬉しさとが交叉し、そしてなんとなく切なかった。
「なあ、抱きしめてもいいか?」と、唐突にジュリアに聞いた。
彼女は海を見つめたまま、僕の顔を見ることなく「聞かなくいいのに」と言って僕に寄り添った。
僕は彼女の肩を抱き、夕日が完全に消えて行くのを何も言わず見つめていた。

その夕暮れは、どんな映画よりも幻想的で、且つエキサイティングだった。
途中ジュリアは、僕の気持ちを察したかのように「私に気を使わなくていいからね、気が済むまで眺めていようよ」と言った。
夕日が完全に沈むまで、僕は彼女の肩を抱いたまま無言で海を見つめていた。
夕日が沈み、辺りが夜に包まれるとジュリアは「お腹すいたよね」と言った。
ジュリアのお勧めの小さなチャモロ料理レストランに行き、食事をしながらいろんな話をした。
あっという間に時間が過ぎた。
帰りも車で僕を船まで送ってくれて、帰りの途中で「明日、出港するから」と僕が言うと、ジュリアは「うん」と言った。
船が接岸しているコマーシャルポートは、グァム島の国際港でセキュリティゲートがあり、セキュリティーゲートから船までは少し距離ある。
セキュリティゲートでチェックを受けて、車はゲートを抜け船の前に車は止まった。
止まった車の中で無言の時間が流れた時に「You are dense」と、ジュリアは少し怒った感じで言った。
ジュリアが、何を指して言ったのかは理解できた。
ここは映画のワンシーンの様に、臭いセリフを言ってキスに持ち込むパターン。
僕でもそれは良くわかっている。でも照れ屋の僕は「俺、日本人だからさ」と言うのが精一杯だった。
「Cool!そういう日本的な事を素直に言うところが良いよ」と言ったあと「でも、女心も理解してね」と言った。
僕は「またグァムに来るから。その時は、また会ってほしい」と僕が言うと、彼女は「喜んで」と笑った。
彼女の笑顔は、グアム島の品の無い街頭に染まっていて良く見えなかった。
翌日、船はグァム島を出港した。
ジュリアは見送りには来なかったが、ウェリット社長がジュリアからのメッセージカードを預かっていて僕に渡した。
メッセージカードに「Good luck!J boy!」と書かれてあった。

つづく

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