その後、グァム島に3度水揚げをして、船は故郷の港に帰港した。
故郷の港に接岸する時、一番綱を陸で受け取るのは必ず船の親方である祖父だった。
そして、その一番綱を岸壁で待つ祖父に向かって投げるは僕だった。
しかし、その時は違った。
岸壁に立っているのは、親戚の伯父だった。
荷物の陸揚げを終えた船員は、家族と共に帰宅の途についている。
僕は機関長補佐のため、全船員が荷揚げを終えたのを確認し全員が下船した後発電機を停止して、全ての弁が閉まっているのを確認して下船し帰宅する。
機関長が「ケイジ、あとは任せたぞ」と僕に言い船から陸に上がった、僕は「はい」と答え全ての船員が下船するのを待った。
全船員が下船したのを確認した船頭が、「機械止めろ」と僕に言った。
僕は機関室に入り、発電機を停止した。
発電機が止まり、機関室は真っ暗になった。
機関室内にはそれまで回り続けていた機関の熱気が充満していて、発電機を止めた瞬間、熱気に満ちた機関室内は静寂に包まれた。
真っ暗闇の機関室の中を、懐中電灯を持って全て弁の確認をしている時「じいちゃん、どうしたんだろう?」と思った。
機関室入口に鍵をかけて、岸壁に上がった。
岸壁に上がると、伯父が僕を待っていて
「おかえり」と声をかけた。
僕は「うん、ただいま」と答えた。
「親方だがな、体調が良くなくて今日これなかったんだ」と、伯父は僕に言った。
親方とはじいちゃんのことだ。
僕は「そうなんだ」と答えた後「ありがとう。帰ってじいちゃんの様子見てみるよ」と言った。
伯父は「そうだな、早く帰ってやれ」と言った。
自宅に着き、すぐに祖父の部屋に行った。
祖父は目を閉じたまま、布団に横になっていた。
僕は「じいちゃん、帰ったよ」と声をかけた。
すると祖父はゆっくりと目をひらき、僕を見た。
「ケイジか、帰ったのか。」
「ごめんな、じいちゃん縄取りにいけなくて」と、僕に申し訳なさそうに微笑んだ。

「なんの!じいちゃん気にすんなよ。それより早く元気になってよ」と僕は言った。
祖父は「そうだな」と言って、僕を見つめながら「じいちゃん、眠くてな・・・」と言うと目を閉じた。
僕は居間に行き、母に「じいちゃん、大丈夫なの?」と聞くと。
母は「お前のじいさんだ!簡単にはくたばらないよ!」と、僕を励ますように、そして安心させるように力強く言った。
僕は「そうだな」と答えた。
僕の部屋は、祖父の部屋の隣に位置していた。
その日の夜中、部屋にいると声が聞こえてきた。
「ケイジ!ケイジ!」と、僕を呼ぶ声がする。
祖父の声だった。
急いで祖父の部屋に行くと、薄暗い部屋で布団に横になり、目を閉じたまま手を空中に上げ何かを掴む仕草の祖父の姿があった。

祖父の手を見た時「じいちゃん、随分痩せたなぁ」と思った。
僕はその手を握り「じいちゃん、ここにいるぞ。」と言った。
祖父は僕の手を握り返し「ケイジか?」と聞いた。
「そうだよ、ケイジだよ」と僕が言うと、目を閉じたまま微笑んで「そうか、そうか」と言って、安心したように眠りについた。
それは、毎晩続いた。
祖父は、寡黙で多くを語らず、人と交わることが苦手で優しくて折れない心を持った人だった。
子供の頃、兄が病弱だったため「うちの後継ぎはお前だぞ」と、常に僕に言っていた。
海が穏やかな日は、僕がまだ小さな頃から僕を連れて出漁した。
祖父は小さな船で、一本釣りの漁師をしていた。
漁に出る時、じいちゃんはいつも朝ごはんを作ってくれた。
いつも焼いた食パンにマーガリンを塗り、その上に大量の白砂糖をまぶした砂糖マーガリンパン。
じいちゃん特製パンだ。
僕が小学校に入学した時、入学祝いに小さな木製の船を作ってくれた。
小さな櫓漕ぎの船で、「けい丸」と書かれていた。
それを見た時、僕は飛び上がって喜び、喜びの余り転んで怪我をしたのを覚えている。
僕が中学生の頃、喧嘩をして警察に逮捕された時、僕を警察署に僕を迎えに来てくれた。
二人で帰る途中、じいちゃんは僕に「喧嘩、勝ったのか?」と聞いた。
僕は「勝ったよ」と答えた。
すると祖父は「いいか」と前置きしたあと
「男はな強くなければ男じゃないんだ。だがな、優しくなければ男である資格はないんだぞ」
と言った。
1週間後、船は出港の日を迎えた。
その時ほど、出港したくないと思った事は無い。
祖父の事が、気になっていた。
なんとなく、2度と会えない気がしていた。
出港の前、船に向かう前に祖父の部屋に行った。
寝ている祖父に「じいちゃん、今日出港するからな」と声を掛けた。
閉じている目を静かに開け、細い声で「いい漁をしてこいよ」と僕に言った。
僕は「任せろ。大漁してくるから!」と言って祖父の部屋を出て船に向かった。
船は出港した。
時期は9月を過ぎた頃、日本近海での本マグロ漁のシーズンを迎えようとしていた。
日本近海操業のため、その航海にはフィリピン人船員は乗船せず日本人船員8名で構成された。
本マグロの時期には少し早かったが、その年は日本近海の潮流は黒潮の蛇行が早かった。
そのため、本マグロを狙いに宮城県の金華山沖を目指した。
出港してから5日で漁場に到着し、操業を開始。
一度の操業で延る(はえる)枝縄1500本に対し、80〜100キロ程度の本マグロが1~2尾釣れていれば大漁だ。
以前も書いたが、近海物本マグロ(クロマグロ)は“海の黒いダイヤ”と呼ばれる。
揚縄が開始され、幹縄が巻き上げるラインホーラーの先にサイドローラーがあり、サイドローラーを縄先(なわさき)と呼ぶ。
縄先を担当している船員が、幹縄の張り具合を掌で叩きながら幹縄の感度を確認する。
何かが枝縄に掛っていれば、物理的に仕掛け自体が重くなり幹縄(みきなわ)が張る。
海から巻き上げられる幹縄に最初に触れいるのが縄先担当で、縄先を担当している時に本マグロが釣れると、縄先担当に賞金が与えられる。
その航海は、50キロ以上の本マグロ1本当たり3万円の賞金が付いていた。
そして船員の間で、その賞金を賭ける。
一番本マグロを獲った船員が、その航海での賞金を総取りする。
1回目操業、僕に縄先担当の番が回ってきた。
その日の操業は、ビンチョウマグロが一本とクロカワカジキが一本で漁の内容は良くなかった。
僕は左手で幹縄を叩き、縄の感度を確認した。
すると左手に “ビンッ”と幹縄の張りを感じ、慌てて足元のラインホーラーのブレーキを踏んだ。
僕の後にいるボースンが「そりゃマグロじゃねぇか!?」と叫んだ。
僕は慎重にラインホーラ―のブレーキを調整しながら、ゆっくり幹縄を巻き上げていった。
すると幹縄が明らかに、ギュン!!!!と船底方向に動いた!
僕は、ラインホーラ―から幹縄を外し「商売!!!」と叫び、ボースンに幹縄を渡した。
甲板はワッと賑やいだ。
ボースンが幹縄を、人力でゆっくり手繰り寄せ枝縄まで来た。
枝縄はボースンから兄に渡され、兄が枝縄を手にした。
すると兄が「銛(もり)を用意しろ!マグロだ!」と叫んだ。
ブリッジから船頭が飛び出し、ブリッジの横で銛を構えた。
僕は、縄先から海面を見ていた。
海中に黒い魚影が見え、徐々に海面に近づいてくる。
海面にマグロの頭が出た瞬間!

グワッシャ!
船頭がマグロの頭を目がけて銛を打ち込んだ。
銛はマグロの頭に命中し、マグロは激しく暴れ辺りの海面はマグロの血で赤く染まった。
「こりゃデカイぞ!!」と、誰かが叫だ。
マグロが舷門までくると、マグロの頭にガッチリと鈎が掛けられた。
ドラム缶のような、黒い魚体が甲板に引き上げられた。
魚体は、黒く光り輝いていた。

僕は「よっしゃぁぁ!」と、拳を突き上げ叫んだ。
その航海、僕が縄先に行くと不思議なくらい本マグロが獲れた。
12回で操業を終え満船。
大漁だった。
僕はその航海、縄先で合計32本の本マグロを獲り、僕の賞金は96万でダントツの一位だった。
マグロを水揚げをするために、宮城県塩竃市に入港をした。
水揚げ高は3800万だった。
大漁だ。
水揚げが終わり、魚層の清掃をしていると船頭からブリッジに来るように言われた。
ブリッジに行くと兄と船頭がいた。
船頭が僕に向かって「お前達二人は、今からすぐ家に帰れ。じいちゃんが死んだ」と言った。
突然のことで頭の中が整理できなかった僕はつい「何言ってんだ、今忙しいんだよ!」と、船頭に怒鳴ってしまった。
兄が「お前、いいのか?」と聞いたので「いいもクソもあるか!」と言ってブリッジを飛び出し魚倉の掃除を続けた。
沖で操業をしている時、何となく気付いていた。
「もしかして、じいちゃんが俺に大漁をさせてくれてるんじゃないかな?」
清掃作業を続けながら、じいちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。
子供の頃、僕を不憫に思い優しくしてくれたこと。
鬼のような顔で、殴られたこと。
魚の仕掛けの作り方を教える時の、厳しい顔。
櫓の漕ぎ方を教えてくる時の、嬉しそうな顔。
僕がマグロ船に乗った時、自慢気で不安そうな顔。
魚倉の清掃作業が終わり、船にはひと時の休息が訪れた。
僕の顔に悲しみ出ていたのだろう。
それを見かけた兄が「お前、大丈夫か?」と僕に声をかけた。
「なぁ、じいちゃんいつ死んだんだ?」と僕が聞くと「操業1回目の日らしい」と兄は答えた。
「やっぱりな」と僕が言うと、兄は「ああ、やっぱりだな」と言った。
夜になり、誰もいない岸壁の先端に行った。
堤防の端に腰をおろし、静かな海を見ていた。
暗い海に向かってつぶやいた
「船のこと放って帰ったら、じいちゃん怒るだろ。だから俺帰らないよ」

暗い海に、街灯の白い光が反射してキラキラと光っていた。
「帰ったら、会いにいくから」
夜の静かな海が、滲んで良く見えなかった。
3ヶ月後、船は故郷の港に戻った。
岸壁に船が接岸する時、一番綱を投げようと綱を持って船首の一番先に立ち思わず岸壁にじいちゃんの姿を探した。
岸壁には伯父が立っていた。
家に帰り仏壇に手を合わせた。
じいちゃんの写真が立てかけられてあった。
僕は食パンを2枚焼いてマーガリンを塗り、白砂糖を大量にまぶしてラップに包んだ。
じいちゃんが眠るお墓に向かった。
じいちゃん特性パンの1枚のお供えして、もう一枚は僕が食べた。
「じいちゃん、美味しいよな。これ。」
お墓に向かって手を合わせ
「じいちゃん、ありがとうな。」
「俺、マグロいっぱい獲ったよ。じいちゃんのお陰で大漁だったよ。」
「じいちゃん、さようなら」
そう言って、立ち上がり帰ろうとした時。
冬の日差しの中を、風が吹いた。

「一人前の漁師になったな。よくがんばったな。これからも大漁しろよ」
じんちゃんが、そんなことを言っている気がした。
つづく
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