その日は快晴で、ほぼ無風状態。
海面は鏡のように光り輝き、空の青と積乱雲が海面に写っていた。
僕の当直は深夜0時~2時だったので、23時55分にブリッジに行った。
ブリッジに行く途中の通路から海を見ると、昼間と変わらず無風状態で凪が続いていた。
ブリッジに入り前の当直員と交代をし、コーヒーを作って操縦席に座りCDプレイヤーにCDをセットして、ヘッドフォンをして再生ボタンを押し海を見た。
夜空には眩しいくらいの大きな満月が輝いていた。

CDの選曲をして、プレイボタンを押すと永ちゃんのスローバラードが流れてきて体中に染み渡った。

故郷に残した彼女のことを、思わずにはいられなかった。
出港の前夜、僕の腕の中で眠りに落ちる間際「明日はここにいないんだね」とポツリと彼女は呟いた。そんな彼女を僕はギュッと抱きしめた。
何も言わずに抱きしめるのが精一杯だった。
僕の右側には満月が低く出ていて、海面を照らしていた。
月明かりに照らされた海面は緩やか揺らいでいて、とても綺麗だった。
僕は、ただじっと月明かりに照らされ、海面は鏡のように穏やかで月が反射している。
そんな海を、僕はただじっと見つめていた。
そんな時、右側の海面が“キラリ”と光った。
あまりの輝きに「ん?なんだ?」と思い、双眼鏡を使い光った方向を見たが何も見当たらない。
「もしかしたら遭難信号かもしれない?」と思った。
双眼鏡を持って外に出てブリッジの上に登り、双眼鏡で光った方向を確認した。
何も見えない。
右舷2時の方向には、巨大な満月が出ている。
もう一度光った方向を双眼鏡で確認したが、何も見えなかった。
海面に月が写っていてとても綺麗だったので、僕は船が切り裂く風の音と月明かりを楽しみたくなって海面を眺めていた。
すると!
月の真下あたりにキラ!キラ!キラ!と連続で光った。
その輝きは、徐々に波紋のように広がっていき船を取り囲んだように思えた。
空は真っ暗で、満月が明るいせいで星はあまり見えない。
すると今度はヒュン!!ヒュン!!ヒュン!!と、海面に光の帯が伸び出した。
『怪奇現象か!?』
僕はびっくりしてブリッジの上から降りて中に入り、船頭室のドアをあけ眠っている船頭を起こした。
「船頭!!海が何か変です!!」
僕の声に、船頭は飛び起きて来た。
起きて来た船頭は、僕に「どうした?」と聞いた。
僕は「あれ見てください」と、海を指差し船頭に言った。
暗闇に目が慣れている僕には、船頭の表情がはっきりと見えた。
驚いた表情の船頭は「これは凄いな・・・」と、息を飲んだ。
その光の帯は船に並行して進んでいるように思え、輝きは激しくなっていた。
「これ、なんですか?」と僕が聞くと
船頭は「イルカだ」と、答えた。

イルカの群れが船に並走しいて、背びれや背中に満月の月の明かりが反射しているのだと、船頭は僕に説明してくれた。
「俺は30年以上マグロ船に乗っているが、昔1度だけこれと同じ光景を見た事がある。だがこんな大群は初めてだ」と言って、海を見つめていた。
僕も同じように、幻想的な海を唖然としながら見ていた。
光の帯は徐々に海から消えて行き、数分後には月明かりが輝く平穏な海に戻っていた。
「お前、いいもの見れたな。こんな光景そんなに見れるもんじゃないぞ」と、船頭は僕に言い自分の部屋に入って行った。

漁場に向かう南下中、兄に魚倉内部の形を全て頭に叩き込んでおくように言われた。
僕は毎日時間を見つけては魚倉に入り、魚倉の形を出来る限り頭に叩き込んだ。
マグロはえ縄漁船には、マグロの保管方法で二種類に分けられる。
一つは釣り上げたマグロを、解剖後に急冷室で瞬間冷凍して保存する冷凍船。
もう一つは、生船と呼ばれ、解剖したマグロを海水と真水をブレンドした約0.5度の冷蔵水で冷凍はせずに生のまま保存する方法の生船。
僕の船は、生船の方だった。
生船の場合、魚倉は予め冷蔵水が満タンに満たされていて、人が魚倉内に入りマグロを積み上げたり並べることはできない。
魚倉の入り口からマグロを入れ、魚倉の形状に合わせマグロが均等に魚倉ないに並ぶイメージしながら積み上げていく。
それと、魚倉内の冷蔵水の水温は一定の水温で保たれており、0.1度変わるだけでマグロの鮮度に大きく影響するため、冷蔵水が入った魚倉に人が入る事は出来ない。
人の体温で冷蔵水が上がってしまうのだ。
全ては、冷凍長の頭の中にある“魚倉の形状の記憶”と“マグロが積み上がっていくイメージ”が必要となる。
また、魚倉は入り口の高さはが50㎝程あり、マグロを魚倉に入れるにはマグロを腰の高さくらいまで持ち上げる必要がある。
そのため、冷凍長にはマグロを持ち上げるだけの腕力が必要となる。
80キロであろうが100キロのマグロであろうが、一人で持ち上げられなければ持てない冷凍長は船の中の笑い者になってしまう。
マグロを持ち上げる要領は、ダンベル等を持ち上げる要領とは全く違う。
持ち上げるための取手も無いし、魚の肌にはヌメリがあるため滑る。
そのため、握力も必要となるし、そして船は常に揺れている。
こういう作業を基礎として、マグロ船乗りの体は作り上げられていく。
操業が始まり、気を抜く事無く細心の注意で僕なりに持てる力の限りを尽くし、マグロを魚倉に積み込んでいった。
兄へのライバル心が、僕の背中を押した。絶対に負けたくない!
1キロでも多く、マグロを積んでやる!
その航海は、28回操業で満船となった。
入港して水揚げをし、総トン数が出た。
兄が冷凍長をしていた時よりも、約1トンマグロの積載量が少なかった。
水揚げが終わり、市場の船員用の風呂に浸かりタオルで顔を隠して悔し泣きをしたのを覚えている。
次の航海、兄の左手の怪我は完治していた。
しかし、どうしても負けた事が悔しかった僕は、自分から船頭に「飯炊きもやるけど、冷凍長もやらせてほしい」と願いでた。
船頭は「やってみろ」と、言うだけだった。
次は、絶対に負けねぇ!自分に言い聞かせた。
コメント