その頃には父親の事を「船頭」と呼ぶことにも、兄のことを「冷凍長」と呼ぶこにも違和感を感じなくなっていた。
船は和歌山県の那智勝浦町での水揚げを目指し航行していた。
帰港中も、漁具の手入などの作業があり、南下中と同様に7時起床12時終業。
帰港中の作業中、船員達の話題は南下中と変わらずパチンコか風俗の話。
そんな中、怪物君の機嫌は著しく悪かった。
「どうしたの?」と僕が聞くと「入港するの勝浦だろ。勝浦にはソープランドがないんだよ」と、ふて腐れた顔で答えた。
10日後の朝食を作りブリッジに行き、船頭に朝食ができたことを告げた。
すると「今日の14時頃入港するから、昼飯は炊かなくていいぞ。冷蔵庫の物を片付けとけよ」と言われた。
僕は「はい」と答えながら「やっと入港か」と嬉しかった。
11時頃、余った食料などを冷凍庫から出し掃除をしていた。
残飯を捨てようと外に出ると「空気が違う!」と思った。
深呼吸をすると、潮の香りに混じり明らかに懐かしい陸(おか)の香りがした。
14時少し前、船は那智勝浦町に入港した。

子供の頃、母に連れられて良く来た町だった。
なんとなく、懐く思った。
船が着岸してすぐに、水揚げの準備をした。作業は1時間程度で終わり、ボースンから水揚げは翌日の3時スタンバイと告げられた。
翌朝の3時までは自由時間だ。
船頭から各船員に入港金というお小遣い5万円が船員に配られた。
入港金が配られると、家族のいる船員は家族の声をいち早く聞こうと公衆電話に駆け込んだ。
怪物君が僕に「風呂に行こうぜ」と言ったので「ソープランド無いよ」と僕が言うと「ソープじゃねーよ銭湯だよ!」と、ちょっと怒った感じで言った。
僕と怪物君、冷凍長と大河さんの4人で銭湯に行った。
約2ヶ月間、海水の風呂に入っていた。
銭湯に入り、湯船から桶にお湯を汲み頭から被る。
その時、生まれて初めて「真水ってサラッとしてるんだ」と思った。
体を洗い、湯船に浸かった。

これまた、体に触れるお湯がサラッとしていて、とても気持ちがいい。
まさに至極の時だと思った。
余談になるが、この感覚は今でも忘れられない。
マグロ漁船を降りてから30年近く経つ現在でも、お風呂のお湯に浸かるとマグロ船時代を思い出す。
肌にまとわり付く海水をお湯にしたお風呂の感覚、それに比べて真水のお風呂の気持ち良さ。
変わらず最も贅沢であり至福の感じる時がお風呂だ。
風呂から出て4人で町の定食屋に行き食事をしてパチンコ屋に行った。
夜がくるのを待った。
パチンコ屋の閉店間際、怪物君に「飲みにいくぞ」と誘われたが断った。
まだ携帯電話が無かった当時、タバコ屋でテレホンカードを数枚買い港近くの公衆電話行きダイヤルを押した。
電話相手は、付き合っていた彼女だった。
受話器の向こうでカチャと受話器を上げる音がして「もしもし」と声が聞こえた。
僕は「もしもし。ケイジだけど」と言うと「あ!ケイジくん!入港したの?」と、彼女は言った。
僕は「うん、今日の昼に和歌山県の那智勝浦という町に入港したんだ」と言った。
2時間近く色々な会話をした後、受話器を置いた。
電話を切った後、会いたい気持ちが胸に込み上げた。
彼女への切なさを胸に、暗く魚の匂いがする市場の中を抜け船に戻った。
ベルの音で目が覚めた、水揚げスタンバイのベルだ。
カッパと長靴を履き、デッキに行った。
水揚げが始まり、魚倉から次々にマグロが陸に上げられていく。

水揚げは4時間くらいで終わった。
市場には、僕の船から水揚げされたマグロがズラリと並べられ、競りが始まっている。

水揚げされたばかりのマグロは、キラキラして綺麗だった。
競りの風景を見ていると「俺たちの獲ったマグロだ」と思い、なんだか誇らしかった。
水揚げの片付けをして、時計を見ると11時を過ぎていた。
市場の食堂に行き食事を取り、併設されている船員用の風呂に入り船に戻った。
船に戻ると、僕を見かけたボースンが「ブリッジの黒板に水揚げ高が書かれてあるから見てみろ」と言った。
僕はブリッジに行き黒板を見た、黒板には「水揚げ量32t、水揚げ高2,500万」と書かれてあった。
1,700万が1航海の人件費や燃料費などを含んだ総経費の損益分岐点となるので、800万円の黒字だ。
自分の初航海が、黒字だったことがとても嬉しく、自然と微笑みが出た。
「やってやった!」と思った。
そこに、船頭が来た。船頭の機嫌も良かった。
「いい水揚げだったな」と、僕に声をかけた。
僕は「うん」と答えた。
そこに兄が現れ、僕と同じように黒板を見た。
それを見て兄も喜んだ。
久しぶりに親子3人の感じがした。
ここで、やっと1航海が終わった。
本当に目まぐるしく、追い立てられながら食らい付いていくのがやっとの初航海。
次の航海からは、そういう訳にはいかない。目まぐるしいが、追われることなく余裕で食らいつく航海にしてやると思った。
翌日の10時からの燃料積みや餌積みまでは、自由時間となる。
船頭から各船員に、仕込み金10万が支給された。
仕込み金とは、個人用の次の航海で使う用具や嗜好品や食料を購入資金である。
怪物君と二人で仕込みに行った。
仕込みをする雑貨屋に行き、ゴム手袋と軍手、お菓子などダンボールに詰め込んでいく。
詰込み終わりレジに持って行き清算する。
清算が終わると箱に船名と名前を書く。
購入した仕込み品は、翌日船に配達される。
次に本屋に行った。
僕は、漫画を数十冊と車やファッション雑誌を数冊買った。
怪物君は、エロ本数十冊と漫画を買っていた。
これもメモに、船名と名前を書くだけ。
次にレコード店に行き矢沢永吉のカセットテープを10個とBOOWYのカセットテープを3個買った。
それでも、3万円残った。
金が余ったので、怪物君と焼肉を食べに行きその後パチンコ屋に行った。
パチンコに負けて金が全部無くなったので、その夜また彼女に電話をして船に帰って寝た。
翌日10時にスタンバイのベルがなり、餌積み作業が始まった。
同時に、燃料積みも行われた。
その後、食料と飲料水の積み込みを終えて船の出航準備は整った。
「15時出航」とボースンに告げられた。
時計は13時を回ったところだった、出航まであと約2時間ある。
出航前に家族の声を聞こうと、船員は公衆電話に走った。
独身の僕と怪物君と冷凍長は、喫茶店に行き食事をしながら時間を潰した。
出航20分前に船に戻った。
船内は入港時の穏やかな雰囲気と違い、騒々しい感じがしている。
15時になり、船の船首と船尾と岸壁を繋いでいた係留索が外され船に巻き取られていく。
船は岸壁を離れ、船首を外洋に向けスローで進み港の灯台を過ぎた。灯台を過ぎるとゴォォーっと、機関の回転数を上げ、全速になった。向かうは前航海と同様、南方海域だ。
係留索などを片付け、船尾に行った。
中学三年生の頃、毎晩寝る前に読んで抱いていた本がある。
矢沢永吉著「成り上がり」。
その本の中に
“1回目ボコボコにされる、2回目落とし前をつける、3回目余裕”
という言葉がある。
僕の大好きな言葉で、今でも胸に刻んでいる。
その時「よし!落とし前をつけてやる!」と気を引き締めた。
3航海目は、2航海目よりも褒められることが多くなり頼りにされることが多くなった。
3航海目の操業が20回を超え、操業も終盤に近づいていたある日のこと。
夜食を済ませ、縄を揚げ終わるまであと2時間程度という時だった。
その日は潮の流れが悪く幹縄と枝縄が団子状態の「縺れ(もつれ)」となって、巻き上がってくる事が数回あった。

海中で幹縄と枝縄が絡まってしまい、巨大な縺れになってしまうのだ。
そのため揚縄の作業はなかなか進まず、通常の揚縄のより時間が押していた。
甲板右舷前方に設置されているサイドローラーを、冷凍長である兄が担当していた時だった。
軽快なリズムで幹縄と枝縄を接続しているスナップをパシッ!パシッ!と外していた。
僕は冷凍長の後方で、ブランリールで枝縄を巻き上げる係を担当していた。
すると、サイドローラーが“グワン!”と音を立てたかと思うと、バスケットボール程の大きさの団子状態の縺れ(モツレ)が巻き上げれるのが見えた。
次の瞬間、目の前の縄先の冷凍長が左手を引っ張られた格好で右舷からがある左舷まで、ヒュン!!とすっ飛んていった。

人が舞って飛んでいくのを初めて見た。
一瞬の出来事だったので、その瞬間何が起きたのかわからなかった。
冷凍長は左舷側の鋼鉄製の壁に、背中から叩き付けられ倒れ込んだ。
誰かが「ラインホーラーストップ!」と叫んだ。
ブリッジの船頭がラインホーラーの緊急停止ボタンを押し、ラインホーラーが停止して揚縄は一時ストップした。
僕は、吹っ飛ばされた冷凍長に近づき「大丈夫か!?」と声を掛けた。
よく見ると、冷凍長の左手からおびただしい血が出ているのが見えた。
冷凍長はうつ伏せになり、右手で左手の手首を持ち「ウゥゥゥ……」とうなり声をあげていた。
『“止血しなきゃ!“』一瞬頭によぎった。
僕は冷凍長の左手を持ちあげ見てみると、手袋が裂け左手の親指と人差し指の間から血がドクドクと出ていた。
僕が「冷凍長!」と声をかけると、冷凍長は顔お歪め目を閉じて「ウゥゥ」と唸っていた。
僕は自分のカッパの腰を止めているベルト用のゴムを外し、冷凍長の右腕の肘のあたりにグルグルと強く巻きつけた。
夥(おびただ)しい量の血がドクドクと出ていた。
一刻も早く止血をしなければ命に関わる。
怪物君と僕と二人で冷凍長を担ぎ、ブリッジの横に運んだ。
船頭がブリッジから出て来て、いきなり冷凍長の顔を平手で引っ叩いた!
「おい!返事しろ!」と船頭が怒鳴ると、冷凍長は「ウゥゥ」と、唸って答えた。
船頭は、冷凍長の意識があるのかを確認した。
船頭が怪物くんに「おい!焼酎をもってこい!」と言った。
怪物君は焼酎を取りに船尾に走り、僕と船頭は冷凍長の来ているカッパと長靴を脱がせ手袋をハサミで切った。
僕が止血用のゴムベルトを一旦外し、改めてギュッと締め直した。
止血用ゴムベルトを外した時、左手から出ている血の量は明らかに増えたのがわかった。
僕は船頭に「医療道具はどこにあるの?」と聞いた。
船頭は「操舵席の下に入っている」と答えた。
「船頭、それを用意してもらっていいですか?」と言うと、船頭はブリッジに入って行った。
船員達は、心配そうに冷凍長の回りを取り囲んでいる。
僕は自分のはちまきに使っていたタオルで、冷凍長の左腕上腕二頭筋辺りをもう一度縛り上げた。
学生の頃、授業で応急処置の方法を教わっていた。
その通りにやってみようと思った。
冷凍長の血だらけの左手を持ち、ブリッジ横の清水用の水道で冷凍長の左手の傷口を洗い流した。
冷凍長は「ウッ」と唸り、体がビクッとなった。
洗い流した冷凍長の左手の傷口を確認すると、親指と人差し指の間が3センチくらい裂けていた。

そこに、怪物君が一升瓶の焼酎を持って来た。
僕は怪物くんに「体が動かないように押さえつけて」と言うと「わかったガッテン!」となぜか得意気な顔で怪物くんは冷凍長体を体を押さえつけた。
こう言う時にふざけた感じでリアクションできるのこの人だけだと思った。
僕は冷凍長の左手を力強く持ち、傷口に焼酎を流し込んだ。
「グゥアァァ!!」と言って冷凍長は、僕を跳ねよけようとした。
顔を見ると痛みで顔が歪んでいる。
ここで暴れられると出血が酷くになる。
申し訳ないが少しの間寝ていてもらおうと思い、左顎の付け根にコツンと一発右フックを入れた。
気絶したのか観念したのか、冷凍長は大人しくなった。
高校生の頃やっていた、キックボクシングが役に立ったようだ。
特に右フックは得意なパンチだ。
僕が冷凍長の腕を持ち怪物くんに足を持つように言って、二人でブリッジの中に運び込んだ。
冷凍長の体を押さえつけておくには、もう一人必要だと思ったのでボースンを呼んだ。
ボースンに胴体を抑えてもらい、怪物君に下半身を船頭に腕を押さえ付けるように言った。
ブリッジには船頭が用意した医療用具の箱が用意されていて、僕は医療用具の中から消毒液と縫合用の針と糸を出した。
消毒液をコーヒーカップに注ぎ、その中に縫合用の針と糸を漬け込んだ。
僕は自分の手を消毒液で消毒していると、船頭が「お前、縫えるのか?」と聞いた。
僕は「船頭、縫えるの?」逆に聞き返すと船頭は黙った。
僕が「絶対に暴れさせないで」と、三人に言うと改めて三人は冷凍長を押さえつけた。
その頃には、冷凍長は意識を取り戻していた。
傷口からの出血はまだ止まってないが最初の勢いは無くなっていた。
幸い血管は、傷ついていないようだ。
冷凍長の左手の親指と人差し指の間から、白い糸のような物が垂れていた。
その白い糸はダランと垂れ下がっている。
幸いそれも切れていなかった。
縫合に入る前に「この白いの何だろう?」と思い、その白いものを指でツンッとやってみると
冷凍長は「ウガァァァァ!!!!」と叫び声をあげた。
「あ、神経みたい」と思ったが、医者ではない僕にでわかるはずも無い。
「うるせぇから、口に何か突っ込んどいて!」と僕が言うと、ボースンがタオルを冷凍長の口に押し込んだ。
さてさてオペを開始しますかね!
とりあえず、傷口から出ている物や垂れ下がってる物を傷口の中に全部収めてと。
楽しそうに施術をしていると視線を感じたので冷凍長の顔を見ると、冷凍長は見開き真っ赤な目で僕を睨みつけていた。
何か縫合するににモデルになるものないかな?と思い、自分の左手の親指と人差し指の付け根を見た。
そうそう!これをモデルに縫ってみよっと。
まずは、手の甲の方の親指と人差し指の間の深いところに縫い針をスッと押し込んで、傷口を塞ぐようにシャっと通す。
スッと押し込んで、シャっと通す。
我ながら、縫うの上手いじゃない!
人なんて初めて縫うんだけど。
冷凍長の顔を見た。
顔を見ている僕に気がついたのか、冷凍長は真っ赤な目を大きく見開き僕を睨み付けていた。
その顔を見て、僕は優しくニコッと微笑んであげた。
すると冷凍長はタオルを咥えなが「フフェッ!フハフフニファファフッ!」と僕に向かって言った。
多分「テメェ!早く縫いやがれっ!」と言ったんだろうと思った。
僕は「はいはいはい」と返事をして、縫合を続けた。
手の甲側から手のひら側に縫合をして行った。
医者では無いので、とにかく傷口が綺麗に塞がるように縫って行き、やがて縫合手術が終わった。
冷凍長を押さえつけていた三人は、揚縄を再開するためそれぞれの持ち場に戻った。
僕は冷凍長の傷口を再度消毒して包帯で覆い、ペニシリンを注射して化膿止めの薬を飲ませた。
オペ完了
僕は揚縄に戻ろうと立ち上がると、揚縄に戻ろうとする僕に向かって「ありがとうな」と、映画に出てくるくらい真っ青な顔をして冷凍長は言った。
その日、冷凍長の事故もあり、船はほとんど満船状態となっていたため揚縄が終わると、帰港することになった。
三回連続、和歌山県那智勝浦町入港。
もちろん怪物君の機嫌はとても悪かった。
ソープランドが無いから。
港に入港すると、冷凍長はすぐに病院に向かった。
醜く傷跡は残ったが、今でも不自由無く左手は使えている。
季節は8月、お盆休みの時期を向かえていた。
初航海から3航海を終え、約5ヶ月振りに郷里に船は帰ることになった。
約5ヶ月間長いようで短かったし、短かったようで長かった。
郷里の港に入港し、船は速度を落としてゆっくり進んだ。
船が右舷接岸をしようと左舷に舵を切り船はゆっくりとゆっくりと岸壁に近づく。
その時ボースンが僕に、「ほら、親方に一番綱を投げてやれ」と、接岸用のロープを僕に渡した。
一番綱とは、漁を終え母港に接岸する時に船首から最初に投じるロープの事を言う。
親方とは、祖父の事である。
岸壁には、祖父の他に船員の家族が出迎えに来ていた。
「一番綱を投げれるんだ!」と、嬉しかった。
僕はボースンからロープを受取り、船首の先端に立った。
船は速度を落として、徐々に岸壁に近づいていく。
船頭はブリッジの上に出て、有線式の遠隔操縦機を手に船を操縦しながら、僕が一番綱を投げるのを待っている。
岸壁が近づいた時、僕は手に持った一番綱を岸壁にいる祖父に向かって投げた。

一番綱は、空中に綺麗な放物線を描き岸壁に落ちた。
「よっしゃ!!!」と船頭が声を上げた。
船のエンジンは前進から後進に切り替わりゴォォォォーと唸りを上げ前進する惰力がピタリ!と止まった。
綺麗な接岸だった。
船首に立つ僕に「いい漁ができたな!」と祖父が声を掛けた。
僕は「うん!」と笑顔で祖父に答えた。
嬉しそうに微笑む祖父の目には、涙が浮かんでいるように見えた。
僕が子供の頃、祖父は自分の小型船に僕を載せ漁に連れて行った。
潮目の見方
潮汐による流れの変化
夕焼けが教えてくれる明日の天気
海に関することは、全て祖父から教わった。
船の片付けを終え荷物を持ち家に帰った。
船から上げた荷物を置き、風呂に入り自分の部屋行った。
「帰ってきた」と、独り言を言いながらベッドに仰向けになり天井を見上げた。
「俺の部屋、こんなに広かったっけ?」と思った。
部屋の広さは5畳くらいしかない。
広く感じるのも無理ない、半年近く小さな箱のような寝台で生活していたのだから。
コンコンとドアをノックする音がした。
「どうぞ」と言ってベッドから起き上がると母が部屋に入ってきて「ほら、お前の給料だよ」と、郵便局の預金通帳を僕に手渡した。
預金通帳を僕に手渡すと母はすぐに部屋から出て行った。
給料!?そうか!働いたんだもんな!!
通帳を開いてみると、4を頭にして0が多い!!!
僕は指で一つずつ0をなぞって数えてみた。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん・・・・。
ひゃくまん!!百万!!4,000,000!!!!
まだ18歳で未成年の僕は、そんな大金は見たこともないし。
バカに大金持たされば、もっとバカになるのは当たり前!
急にソワソして、矢も盾もいられず!!
すぐに、友達に電話をした。
「おい!遊びに行くぞ!!」
「なに!?仕事!?早退しろ!遊びに行くぞ!」
僕は船から着て帰ったジャージ姿のままスニーカーを履き、島と街を繋ぐ海上フェリーに乗り込んだ。
フェリーが港に着くと、友達思いの僕のお友達は仕事を早退して僕を迎えに来てくれていた。
彼の車に乗り込み郵便局に行き、とりあえず200万を引き出して街に行った。
デパートに行き、当時流行のブランド物の洋服を買い、店内で買ったばかりの服に着替え店員に「ジャージと靴は捨てて」と言って店を出た。
お盆休暇の5日間、家には全く帰らずホテル暮らし。
連日連夜、彼女とゴージャスなディナーをした後、友達を交えて街に繰り出しドンチャン騒ぎ!
ラグジュアリーなホテルに泊まり、ラグジュアリーな時間を彼女と過ごす。
お盆休みが終わってみると、4百万を全部使い果たしていた。
出港の1日前に実家に帰り、次の航海の準備をした。
船の燃料や餌などの積込みをし、次の航海の準備は整った。
積込み作業中、僕を見かけた船頭が「お前、金まだあるのか?」と聞いたので
「全然ない!全部使っちまった!」
と胸を張って言った。
すると「そうか!お前も漁師らしくなったな!漁師はな、陸で金掴むと沖の苦労は忘れるもんだ」と大きな声で言って笑った。
翌日、15時に船は出港した。
いつものように出港した後の片付けをしていると船頭がブリッジに来いと言っていると大河さんが僕に告げた。
「なんだろう?」と思いブリッジに行った。
ブリッジに入ると、兄である冷凍長と船頭がいた。
兄の左手には、まだ包帯が巻かれてあった。
前の航海の時の怪我が、まだ完治していなかった。
船頭が「お前この航海から冷凍長しろ、兄貴は飯炊きだ」と言われた。
へっ!?僕、まだ乗船半年ですけど…。
マグロ船は3年乗って一人前と言われ、3年目に冷凍長になるケースが多かった。
早い人でも、乗船2年目からが普通だ。
しかも、冷凍長なんて・・・。
「俺、できないよ!」と言いそうになったが、言うのを辞めた。
船頭と冷凍長が話し合った結果、僕なら出来ると判断したのだしそれに断る理由もビビる必要もない!
「わかりました」と答え、ブリッジを出た。
「冷凍長か!やってやる」と、気合を入れた。
つづく
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